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第89話
「実験では、副作用があったと聞きました」と広瀬は聞いた。
「副作用?」滝は怪訝そうにしている。初耳のような顔だ。
「危機感が減退したり、万能感があったりといったことです。自殺願望が強くでるとも聞きました」
滝は、両手を広げる。「で?どうだね?」
「え?」
「君を見ていると、とても自殺願望がありそうにはみえないが」
「そうですが」
「万能感もなさそうだ。危機感は、どうだろうな。そういった意識というのは、様々な要素で構成される。先ほども言ったように、実験の被験者だった子どもは、天才になる。だが、それは遺伝的要素からかもしれない。自殺願望といったものは、本人のおかれた状況や心情、疾患によってでてくるものだ。実験の副作用として自殺願望が発生するとは、証明されていない」
「副作用はないのですか?」
「因果関係が科学的に証明されていないということだ。実験参加者の中に、自殺したものも確かにいるが、日本の年間の自殺者の人数を知っているかね?これだけ大勢自殺しているんだ。要因は、実験ではなく社会的なものとも考えられる。副作用があることを証明するにも、被験者の人数が足りなさすぎる」
自信にあふれた回答だった。
広瀬は、もう一つの今回の訪問の目的を聞くことにした。「警察庁の関連団体の研究所の近藤理事はご存知ですか?」
滝は、うなずいた。「よく知っている。この前も会ったよ。二週間ほど前かな」
「それは」と広瀬が用件を聞こうとしたが、滝は自分の話を続けた。
「彼は、信隆氏の後継者のようなものだ。信隆氏の友人ということで、途中から研究に力を貸してくれるようになった。信隆氏が亡くなった後も、研究が続けられるように、なにかと尽力してくれている。彼がいなかったら、できなかった研究も多くある。それで、近藤さんが、どうかしたのかね?」
「いえ」と広瀬はすぐに否定した。
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