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第90話
広瀬は質問を続けた。「先生の研究は完成したのでしょうか?」
滝は初めてあいまいにうなずいた。「研究には完成というものはないんだよ。だが、一定の成果がでたのは確かだ」
彼は、デスクにむかい、引き出しをあけた。中から、小さな丸いケースをだしてきた。
真ん中には、小さな黒いデバイスがある。広瀬宛に送られてきた小包のケースと同じものだった。
「ある程度成果が見えたので、量産できるようにした。量産と言っても、何百台もすぐには作れないがね。今までよりも多く作ることはできるようになった。近藤さんと会ったのもこの件でだ。製品をどう扱うのかを検討しているところだ。研究費は国や民間の各所からでているから、有効に利用しなければならない。君のお父さんの悲願だった捜査への利用も検討している。子どもの教育や、記憶障害の人の助けになったり、可能性は今後広がるだろう」
滝はケースを広瀬の手に渡してくれた。
「小さいものだろう。だが、これは世界を、人類を変える」
「この研究所で作っているのですか?」
広瀬は、ケースを裏返した。小さなナンバーがついている。この前は気づかなかったが、自分の家にあるケースにもついているのか。シリアルナンバーなのか。
「いや、ここではない。極秘の場所だ。高度な機密だからね。ここは不用心すぎるだろう。出入りする人間も多いし、夜は、私と家内だけだから」
広瀬は、滝にデバイスを返した。
「ありがとうござます」
「もういいのかね?」
「はい。また、お邪魔するかもしれません」
「前もって連絡してくれればいつでもかまわんよ。それに、もし、このデバイスに関心があるのなら、もう一度、つけてみないかね」と滝は言った。「子供のころの被験者が、再度、デバイスをつけたらどのような効果があるのかは、まだわからない。君のような被験者が協力してくれると助かるよ」
滝は、じっと広瀬の表情を見ていた。
「考えてみます」と広瀬は言った。
「早めで考えてくれたまえ。ぜひ、頼むよ。わたしも年だから、研究成果を見る前に、ぽっくりいってしまうということもないわけじゃないからね」
そういって滝は笑った。自分がぽっくりいくとは思っていないだろう。
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