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第3話
「俺は、生前のミナイ・ユウヒの後悔が生み出した人格であると思っているよ」
白い天井のある部屋で、僕は再び目を覚ました。
日本人特有の、すこし幼い顔が僕のすぐ側にある。ミナイだ。
「まるで、亡霊みたいないいぐさだ」
「言い当て妙かもしれないな、俺はミナイ・ユウヒが残したファントム。仮人格と言われるよりは、しっくりくるね」
差し出される右手をとって、ゆっくりと起き上がる。
僕の本来のボディ……つまりは戦闘兵器としての僕は、損傷が思っていたよりも激しいようで、大幅な改修が必要となった。
改修が終わるまで再びスリープしていても良かったのだが、僕は整備スタッフに頼んで、倉庫にしまったままの仮想体を引っ張り出してもらった。
すべて有機物で作られているミナイと違い、有機物と人工物で作られた仮想体は、地上で人と一緒に生活するための僕の体だ。
「久しぶりにつかうけど、問題は無さそうでよかったよ」
ミナイに支えられながら、ポッドから這い出て、姿見に自身を映し出す。
国際連合軍の制服を着た僕の容姿は、本体を彷彿とさせるデザインになっている。
ミナイと同じ黒い髪、ボディの差し色に使われている赤は瞳に。欧米人でもアジア人でもない顔立ちの中肉中背の美丈夫。仮想体に使われるごく平均的な容姿だ。
年齢は、ミナイより少し上に設定されている。三十代前半といったところだろう。
「ミナイは、僕が仮想体を使うのを嫌がったからね。カスタマイズもしてくれなかったくらいだ。基地にいれば、ネットワークを介して繋がっていられるから、必要ないと言えばそうだとしか言えなかったせいもある」
「ナインは、仮想体が気に入っているのか?」
少し考えて、頷き返した。
「嫌いではないよ。より近くに、ミナイを感じられる気がするからね。今更ではあるけれど、もっと彼と近くにいればよかった」
「これから、一緒に時間を過ごせば良いさ」
パイロットとナビゲーションの絆は、とても深い。
パイロットはナビゲーションを好みの容姿に仕立てた仮想体に入れ、日常を共にするものが多く、ミナイのように一線を引くほうこそ少数派だった。
「どうして、ミナイは仮想体に僕が入るのを嫌がったのだろう? 君なら、わかるんだろう?」
「わかるけど、つまらない理由だよ。子供じみている」
ミナイが僕の横に並んで立ち、髪の毛をセットしている。
病院を思わせる白いのっぺりとした服から、新品の制服に着替えていた。いつも纏っていたからか、私服よりも一番ミナイに似合う服だ。
「……教えてくれないのかい?」
「プライバシーに、大いに関わってくる案件だ。いくら仮人格でも、おいそれと話せない。ここじゃあ、誰に聞かれているかわかったものじゃない。時間がほしい」
「時間といっても、君が存在できるのは、せいぜい一週間程度だろう?」
ミナイは「やれやれ」と肩をすくめた。
「思いやりってものがないところが、君らしい。そのとおり、僕の存在猶予は一週間。目覚めてから五日経っているから、明後日あたりには、君が知るミナイが還ってきて、俺は消える。いや、厳密に言えばきえるわけではないが」
「君が僕に話したことすべて、ミナイには黙っていよう。だから、告白してほしい」
仮人格のミナイは、理性や経験がもたらすセーフティがすべて切れている状態にある。
本音そのものと言える存在だ。だからこそ、穏やかに僕と接してくれているのだろう。
「ミナイは、誰よりも寡黙だった。行動のパターンは読めても、何を想って考えているのか、僕にシミュレートさせなかった。僕はミナイを知りたい。失ってから、その考えはより強くなった」
鏡を介して、ミナイの漆黒の瞳と見つめ合う。
「……察して欲しいなんて、都合が良すぎるか。折角、人の形をしているんだから、基地を出てみようか。任務続きで、休暇と呼べる時間も無かったからな」
「大丈夫なのか? 君はまだ仮人格だろう」
「少しくらいの我が儘は、通したっていいだろう。美しい地球の姿を、ミナイの記憶だけでなく、この目で一度くらいは見ておきたい。あと二日の余命なんだ」
随分と、風変わりな仮人格だ。
「己の意思を持ちすぎると、消滅に対しての恐怖が増えるだけだろう? 大丈夫なのかい?」
手を引かれるまま、僕は歩き出す。
「心配しなくとも、ちゃんとミナイ・ユウヒに移譲する。そもそも、拒めない。怖いも嬉しいも、ないんだよ。仮人格であることが、俺のアイデンティティでもあるからな」
「心配の種はそこではないんだけれどね。まあ、いい。……君は、僕をどこに連れて行く気なんだい?」
思いつきで、どこかへ行こうと言ったわけではなさそうだ。
ミナイは足早にエレベーターへ向かい、僕を押し込むようにして乗り込んだ。
行き先は、地下駐車場。ちょっとそこまで、ではすまなそうだ。
「ナインと、一度行ってみたかった場所だ。いや、いつかは行くつもりでいた場所だな」
「いつか……か、とても、あやふやな言葉だね。ミナイらしくない気がする」
キャンプ用具の詰まれた車の前で、ミナイはふっと表情を緩めた。
「機械が常に正しい選択ができないように、俺だって不安に迷うときもあったんだ。らしくない、なんて、買いかぶりすぎもいいところだ」
「たしかに、悪かったよ。人間は、誰しも情緒不安定だ」
運転席にミナイが座り、僕は助手席に収まる。いつも、ミナイを乗せる立場にいたからか、すこしばかり居づらい。
「基地の外とはいえ、敷地内からはでられない。そんなに遠くまでは行けないが、二人っきりになるにはうってつけの場所だ」
「考えてみたら、二人っきりになるのは初めてではないかな? ミナイは僕を仮想体にいれて連れ出さなかったし、コクピットは、つねに人の目があるからね」
事前に許可は下りていたのだろう。準備周到なところは、ミナイらしかった。
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