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第4話

 武装した警備員が立つゲートをくぐり抜け、サバンナを想わせる乾いた草地が穏やかな午後の青空の下に広がっている。  現在進行系で戦闘活動が行われているとは思えない、静けさの中を車は砂埃を巻き上げ進んで行く。 「周囲に、敵影はないようだ」 「あっちゃ、困る。命の代わりに、敵の大将首を上げたんだ。しばらくは大人しくなって貰わないと無駄死にでしかない」 「作戦は、上手くいったようだね。よかった」  車は舗装のされていない砂利道を進んでゆく。どうやら、丘を目指しているようだ。 「あのとき、死ぬまでの数分だけは二人きりだったかな」 「ロマンティックには、ほど遠かったけれどね」  救援信号を送った直後、敵の妨害に遭い通信障害に見舞われた。誰にも助けを求められなかった最悪の数分だったが、たしかに、誰の邪魔も入らない二人だけの数分だったかもしれない。 「面白くない冗談だよ、ミナイ。僕は、機械なりに君の死を悼んでいるんだ」  僕の記憶は、良くも悪くも鮮明だ。  感情と呼ばれる部分が追いついていないからこそ、平静でいられるだけだ。できることなら、綺麗さっぱり忘れてしまいたい。  誰も居ない砂漠で、僕以外に看取られることなく死んだ事実を、無かったことにできればいいのにと、思わずにはいられない。 「辛気くさい顔だな、ナイン」 「精巧にできている証拠だよ」  閑散とした道を駆け抜け、車は丘の上に到着した。  僕たち以外にも訪れる人がいるのか、キャンプの痕跡が彼方此方に残っている。 「俺は、君に会ってみたかった。ミナイ・ユウヒとしてではなく、仮人格として君に……君たちに興味を持った」  車を降り、屋根に積んでいたキャンプ道具を降ろしながらミナイが言う。  手伝いを申し出たが断られ、代わりに車のトランクに乗せていた箱を取り出した。中には簡単な食事と、コーヒーを煎れる道具が入っているらしい。 「仮人格の役割は、死亡当時のショックをできるだけ緩和させることだ。夢から覚めるように、自然に、現実へ戻ってこられるように心と体を慣れさせるための緩衝材ってやつだ」  二度目の人生を選択する者の多くは、戦死者だ。死ぬ直前の経験を引き摺ったまま目覚めれば、精神に多大な影響を及ぼしかねない。  仮人格は、複製された脳を制御し新たな肉体と環境に馴染ませるために作られたプログラムだ。僕と似ているかもしれない。  テントを張る間の時間で、僕は簡易コンロを組み立てて薬缶に水を注いで網の上に置いた。バーナーに火をつけて、お湯を沸かす。 「僕はミナイ・ユウヒであって、ミナイ・ユウヒではない。ナイン、君が言うように僕はミナイの後悔が生み出した亡霊のような存在なのかもしれない」 「成仏するために、僕に会いたかったのかい?」  コンロのそばに置いた椅子に座って火を見ていた僕の隣に、ミナイが腰を下ろした。 「まさに、その通りだ。ミナイ・ユウヒは己の死よりも、君への執着に囚われていた」  予想外の答えに面食らう僕を無視して、コーヒーセットの入った箱を引き寄せ、ミナイは慣れた手付きで用意をしてゆく。 「飲むだろう?」  本体では数値として捉えるしかなかったが、仮想体であれば、少量という制限はあるが一緒に飲むこともできる。頷くと、ミナイは嬉しそうに顔をほころばせた。 「一緒に、コーヒーを飲みたかったのかい?」  しゅんしゅんと蒸気が唸り、お湯が沸く。 「ああ、そうだよナイン」 「なら、どうしてミナイは僕に仮想体を使わせなかったんだろう?」  最前線に立つ兵士とはいえ、まったく時間がなかったわけではない。コーヒーならば基地で飲めるし、この丘だって休暇を利用すれば来られたはずだ。  景色の良い場所で飲みたいのなら、戦場での休息時間でも良かった。仮想体は、望めばどこにだって連れて行けるから。 「ミナイは、あれでいてひどく臆病な人間だったんだよ」  コーヒーをそそぐミナイの背後で、太陽がゆっくりと傾きはじめる。  青かった空はいつの間にかあかね色に染まっていて、もの悲しさを感じさせる風が吹いていた。  本体と違って、仮想体から受け取る情報は全てが生々しい。  ながくこの体に留まっていたら、それこそ、自分は人間ではないのかと錯覚してしまいそうなほどに。 「ナイン、ミナイのプロフィールは知っているだろう?」 「ああ、もちろん。僕は、ミナイのパートナーだからね。彼に何があったのか、全部知っているよ」  青と赤が混ざり合う夕暮れ時の空は、とても神秘的だ。  ミナイが生まれたコロニーにも空はあるが、自然が見せる複雑な変化までは表現しきれていなかったらしい。  地球に降りてまずはじめに感動したのが空だったと、ミナイは言っていた。 「ミナイの家庭環境は、とても複雑だったと記憶しているよ」  ミナイは母子家庭だった。  父はミナイと同じようにパイロットをしていて、地球で戦死した。  コロニーで暮らしていたミナイと母は戦没者遺族年金を支給されていたが、子供を育てるには微々たるもので、母は夜の街にでて働いていた。  ミナイが伴侶をとることも、まして女遊びもしない理由も、母の仕事に由来していると僕は思っている。 「ミナイは、君に性的欲求を抱きたくなかったんだ。パイロットがナビの入った仮想体を好みの容姿に作り上げてセックスドールとして扱うなんて事例は、珍しいことじゃない。平気で慰み者として扱う奴らが、嫌だったんだ」 深いコーヒーの香りが、ミナイの告白を柔らかく包む。 「君は、時代に合わないくらいに潔癖だね」  怠け者に見えて、病的なほどに真面目だ。彼らしい。  もっと、自由に生きてみればいいと他人はミナイに言うが、潔癖な生き様こそがミナイなりの自由の表現だった。  頑ななところが、僕は愛おしかったのかもしれない。 「性の代用品にされるのは、僕たちにとって、何ら問題はないよ。僕らを抱くことによってパイロットの精神が保たれるならば、本望でもある」 「わかっている。ナイン、君だって俺が望めば寝るんだ」 「責めているのかい?」  ミナイは首を振った。暖かいコーヒーを啜り、暗くなってゆく空をじいっと見ている。  恥ずかしがることでも、まして憤ることでもない。生殖行動は数ある人の本能の、ほんの一部にしか過ぎない。仮想体は人のように孕むことはないから、むしろ重宝されている。  ミナイにとって、愛を伴わない行動は許しがたいのだろう。望めば受け入れるほかに選択肢のない僕を、気遣っていたのかもしれない。  嫌悪の対象と同じ行動をしたくない潔癖さは、やっぱり愛おしい。難儀しそうではあるけれど。 「ナイン。君は俺の唯一の理解者だ」 「知っているよ。僕にとって、ミナイは愛すべき友人だ」  地球の風は、コロニーの空調施設と違って不規則に吹き付ける。  僕はステンレス製のカップを両手で持って、折角のコーヒーが冷めてしまわないように守る。 「ミナイ。君は、僕のために死を捨てたのかい? ただの、ナビゲーションシステムでしかない僕を、君は重要視しすぎだ」 「一年前、俺は大けがを負った。そのとき知ったんだ。お前に、何も伝えずに死ぬ可能性が俺にもあるのだと。天才と持てはやされていても、死ぬときは死ぬんだと思い知った」 「だから、遺書を?」  幸か不幸か、ミナイが危惧した死は訪れた。  僕はミナイが二度目の人生を歩むと決心した選択を、心の底からは喜べない。  もちろん、死別は嫌だが、今のミナイはもう人間の枠からはみ出た存在になっている。  僕と同じ、戦争の道具としての人生に、歓迎の拍手は送れなかった。無限の生を幸せと思うには、道具になるしかない。  素直に再会を喜べない状況がもどかしい。戦争なんて、いますぐ無くなってしまえば良いのに。 「喜んでくれとはいわないが、悲しまないで欲しい。俺自身が選んだ選択だ。人の生を捨てても、俺はお前と共にありたかった」  そっと伸びてきた手が僕からカップを取り上げ、肩を引き寄せた。  体を重ね合っても、生身でない僕たちに重なり合うような鼓動の音はない。体温も、人とは少し違う。  何もかもが違っているはずなのに、僕の中にあるものは安堵だった。  シートに乗せていたミナイの、懐かしい感触をすぐ側に感じていた。 「ずっと、言えずにいた言葉を君に伝えたい。俺が俺になれば、感情が邪魔をして、きっと言えなくなってしまうだろうから」  肩を掴む手の力が強くなる。 「愛している。友として、兄弟として、個として」  引き寄せられ、そっと抱きしめられた僕は何もできず、ただ、夜空に瞬く満点の星々を見上げた。 「死んだ瞬間のことを、夢という形で何度も見ている。いわゆる、フラッシュバックというやつだ。ミナイは死の恐怖よりも、想いを伝えられなかった後悔を、最期の最期まで抱えていた」 「僕は、ただのナビゲーションシステムだ。ツールなんだよ?」  行き場のない両手を、ミナイの背中に回す。 「ただのナビゲーションシステムに、ミナイはずっと恋をしていたんだ」 「ほんとうに、君は馬鹿だなぁ。死んだ後も悔やむくらいなら、理性なんて捨てて、僕を抱いてしまえば良かったのに」  ぎゅっと、僕は両手でミナイを抱きしめた。 「ミナイ、君は愚かだ。戦争の道具でしなかない僕をどうして人のように扱うんだい?」 「お前だけが、ずっと寄り添ってくれていた。期待も落胆もせず、俺をずっと見てくれていた。人であるか、機械であるか、俺にとっては些細な問題に過ぎなかった」  ミナイは僕をさらに強く抱きしめて、唇を重ねてきた。  入り込んでくる舌を、僕は拒むことなく受け入れる。仮想体としての、人に当てはめれば本能的な行動ではあるが、僕の意思でもある。  不安そうに体を強ばらせるミナイの背中を安心させるため、優しく撫でつけて、深く舌を絡めた。  僕たちの、最初で最後のキスになるだろう。 「たしかに、ミナイの性格を思うと基地ではできないね」  僕の中で、ミナイの要求に応えるためのスイッチが入る。 「ナイン、嫌なら拒んでくれてかまわない。これは、ミナイの生前の妄執に過ぎないんだ。共にいれるだけで、俺は……」 「僕を、疑わなくてもいい。君の望みに答えることは、僕に与えられた使命ではあるけれど、同時に僕自身の喜びでもあるんだよ」  僕は人間ではない。  だからこそ、人と同じように扱わなくても良いんだ。 「ミナイ、君は死んでも誠実すぎるよ」  至極真面目なミナイには悪いが、笑いがこみ上げてくる。  僕はほんの少しだけリミッターを外して、沈鬱な表情のミナイを押し倒した。  柔らかいベッドの上が一番好ましいのだろうが、荒野の丘の上を選んだのは彼だ。背中の痛さぐらい、このさい我慢すべきだ。  この期に及んで戸惑うミナイにかまわず、僕は二人分の制服のボタンを外し、一週間前に生まれたばかりの柔肌をそっと撫でた。  仮想体で人間と生殖行動を共にした経験はないが、どうすべきかくらいは知っている。  僕の外見は男性体を基本としているが、厳密に言えば無性だ。  相手が男だろうと女だろうと等しく満足させられることが可能だし、新生児は試験官から生まれる時代だ。人の倫理観も、自由奔放になっている。 「言ってごらん。君は僕をどうしたかったんだい?」  生身の人間と遜色ない、精巧に作られた体が上気している。心なしか、下肢の逸物にも堅さを感じる。   「お……俺、は」 「もうじき、仮人格の君はあたらしい君に生まれ変わるんだろう? 後悔を繰り越さないために、ここに来たはずだ」  あやすよう頬を撫でてやれば、ミナイはそろそろと僕の腰を両手で掴んできた。 「僕は君のナビだ。君だけの、ツールだ。信じて欲しい、ミナイ。僕の行動は作られたものだけではない。恥ずかしがらずに、君の想いを伝えてくれ」 「ナイン、俺を……愛して、欲しい」  絞り出すような細い声のミナイは、涙を流しながら「抱いて」と僕に縋った。

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