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対峙 #2 side S

港から高台へと続く坂の途中にある純日本家屋、それが血の繋がらない祖母と叔母の住む家だった。冬真の両親が出会い、冬真自身が五歳まで暮らした家。 呼び鈴から少し遅れて格子戸が開いた。出迎えてくれた女性は、診療所の絹枝叔母さんとよく似た人だった。女性は僕を少し眩しそうに見つめた後、すぐに居直り、俊介さんに挨拶をした。 「遠いところ...ありがとうございます。」 「いいえ。本来は葉祐さんが伺うはずだったのですが...ここのところ、冬真さんの食欲が少し落ちてしまっていて...念のため、彼が残り、私が伺うことになりました。」 「冬真は...冬真は大丈夫なんでしょうか?」 「ええ。ここのところ、アトリエにこもってましたから、少し疲れたんだと思います。あくまでも用心ですので、心配はないかと。」 「そうでしたか...安心しました。冬真がご迷惑をお掛けし、申し訳ありません。さっ、どうぞお上がりください。」 女性はそう言って、僕達を中に招き入れた。 通された客間から縁側が見えた。その一角に人形やままごとの道具が無造作にしまってある箱が置いてあり、それらはこの家にはあまりにも不釣り合いな代物で、僕はもう恐怖しか感じなかった。それを悟ったのか、俊介さんはテーブルの下で、僕の手の上にそっと自身の手を乗せ、ポンポンと軽く叩いた。その温かさがとてもありがたかった。女性はお茶を差し出すと、僕の正面に座った。 「はじめまして...ね。真祐君。遠いところ来てくれてありがとう。里中織枝です。冬真の父親の妹ですから、あなたから見れば大叔母になりますね。」 「里中真祐です。えーっと...叔母さんやお祖母さんのことは...最近知ったばかりで...正直戸惑っていて...その...何て言ったらいいのか...」 「叔母さん......」 「あっ、ご、ごめんなさい。失礼ですよね。初めてお会いしたっていうのに。僕、機転が利かないというか...そういうがさつなとこ、葉祐に似ちゃったっていうか...その…」 「うふふふ...違うの。嬉しいの。『叔母さん』って呼ばれるのは...久しぶりなの。良いわね、こういうの。これからもそう呼んでくださいね。」 織枝叔母さんのはにかむ様に微笑んだ。叔母さんの笑顔は、見ているだけでとても安心した。そして、見ているだけで嬉しくなった。 「織枝さん、私は車を置いて来ます。それと早急にして欲しいことはありますか?」 俊介さんがそう切り出すと、叔母さんは笑顔から一転、今度は申し訳なさそうな表情になった。僕はちょっと俊介さんを恨めしく思った。 あーあ…せっかく素敵な笑顔だったのにな… もう少し見ていたかったな… 「ありがとうございます。では、電球を買って来て頂けますか?すみません。今朝方、お勝手のが切れてしまいまして...」 「承知しました。ついでに必要な物があれば買って来ますが…」 「ありがとうございます。電球だけで大丈夫。ところで、こちらにはいつまで?」 「明後日までの予定です。」 「そうですか。お泊まりは坂の上の?」 「ええ。必要な時はいつでもと、広行氏から鍵を預かっています。」 「そうでしたか。あの方も私達を気に掛けてくださって、月に数回、地元で評判の料亭のお弁当を届けてくださいます。こちらの方に用事があると、必ず立ち寄ってくださるんです。おかげさまで兄妹の絆も少しずつ取り戻しつつあります。これも葉祐君のおかげです。」 叔母さんは湯飲みのお茶を見ながら、静かに微笑んだ。 「俺は買い物に出掛ける。真、君はその間、織枝さんのお話のお相手を。」   その言葉と僕を残し、俊介さんは居間から出ていった。格子戸が閉まる音が聞こえると、叔母さんはクスクスと笑い出した。 「若い人にこんなおばあさんの話相手をだなんて...本当に酷よね。うふふふ...」 「いえ。そんな...」 「良いのよ。本当のことですもの。申し訳ないけれど、少しだけおばあさんの話相手になってくださいね。あなたに会えるなんて、本当に夢のようなの。だから…あなたのことをたくさん聞かせてね…真祐君。」 叔母さんはまた、はにかむ様な笑顔を見せた。その笑顔を見て、僕は思う。 ああ...やっぱり冬真に似てる... 心が穏やかな時の冬真の笑い方に… だから…もっと…ずっと見ていたいんだ…きっと。

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