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対峙 #1 side S

「真、ちょっと話があるんだ。悪いけどいつでも良いから時間…作ってくれないか?」 冬真のアトリエ兼僕の書斎に入って来た葉祐が、珍しく神妙な顔つきで言った。 「何?改まっちゃって。別に今でも平気だけど?」 「いや...今はちょっと。出来ればその...冬真や冬葉のいないところで話したいんだ。」 『冬真のいないところで話したい』この言葉に正直、嫌な予感がした。それでも、それを表に出すことなく返す。 「うん。分かった。明日、大学の帰りに店に寄るよ。閉店直後ぐらい。それで平気?」 「悪いな...急に...」 葉祐はますます神妙な顔つきになって部屋を出ていった。 次の日、訪れた閉店間際の店内には、何故か俊介さんもいた。ますます嫌な予感しかしない。コーヒーが出され、正面の席に葉祐が座わり、僕の隣には俊介さんが座った。話の始まりと言わんばかりに葉祐は一つ大きく息を吐き、話を始めた。予感通り、葉祐から聞かされた話は、僕にとってかなり衝撃的な内容だった。 葉祐の話を聞いてから二週間後の今日、僕は自宅から東へ向かう車中にいた。僕が座っているのは助手席で、運転席には俊介さんがいる。僕は流れる景色をぼんやりと見ていた。そして、葉祐同様、一つ大きく吐息を漏らした。 「大丈夫か?真。」 俊介さんが心配そうに僕の顔色をミラー越しにチラリと伺う。 「えっ、ああ...うん...平気...」 「じゃあ、気分転換に次のサービスエリアでソフトクリームでも食べるか?食事の前だが、特別に許可しよう。」 「なんじゃそりゃ?そんなんで喜ぶワケないでしょう?冬葉じゃああるまいし...」 僕はちょっと不貞腐れ気味に言った。 「よし!いつもの真に戻ったな。」 「......」 「知りたくなかった?」 「そういうワケじゃないけど...」 「葉祐さんは君が二十歳になったら話つもりだったらしい。だが、今の君に伝えるべきだと俺は進言した。君はもう充分信頼できる男に成長したし、自らの手で生きていく術も持ち合わせている。」 「まぁ…学生兼明日をも知れぬ自由業だけどね。」 「まあ、そう言うな。確かに君にとっては、あまりにも衝撃的で知りたくもなかった事実だろう。しかし、親父さんはもう何十年も一人で背負って来たんだ。息子の君がそろそろ荷物を分かち合ってやっても良い頃なんじゃないか?それに...俺もついてる...心配するな。」 「うん...ありがとう。そうだね...僕が行くのは当然だよ。僕は里中家の長男だしさ。仮に冬葉の方が長男だったとしても、冬葉には無理だ。行くにはリスクが高過ぎる。」 「ああ。」 「ねぇ...どんな人?冬真のお母さんって...会ったことあるんでしょ?」 「とても可愛らしい人だよ。天真爛漫って感じ。そういうとこ似てるんじゃないか、冬真さんと。」 「でも...ずっと...病気...なんだよね...」 「ああ。」 「冬真はもう...会えないんだよね...お母さんに...」 俊介さんからは何の返事もない。サービスエリアが程なく見えて、車は左に少しカーブする。 二週間前、長いこと心を患ったままの冬真の母親と、その面倒をずっと見ている冬真の叔母の存在について葉祐から聞いた。冬真の両親はだいぶ前に亡くなっているとばかり思っていたので、祖母が存命なことはとても驚いた。しかし、更に衝撃的だったのは、祖母と冬真との間で起こった出来事だった。悲鳴を上げた時、冬真は冬葉を見ると、酷く怯え、かなり取り乱した。それが何故なのか、理由がいまいち分からなかったけど、今なら何となく分かる。葉祐は「直接買付しなければならない物があるから…」と僕達に告げ、年に2~3日ほど家を空けることがある。僕はそれを疑わなかった。冬真も然り。しかし、実はそれは買付ではなく、葉祐は冬真の叔母と母を訪ねていた。僕や冬葉の成長や家族の記録を手土産にして。高齢の女性二人だけの暮らしを心配し、葉祐は出来る限り、二人を訪ねていた。生憎、冬真の不調と重なった時は、俊介さんが代わりに出向いていた。 祖母に会うのは正直怖かった。 病気だったとはいえ、自分の子を殺めようとした人だもの。やっばり怖い。 でも...会わなくっちゃ。 僕は対峙しなければならないんだ。 冬真の過去や生い立ち、それから…僕と冬葉のために沈黙を守ってきた、いや、まだ守り続けているかもしれない何かに。 そのことがきっと、僕らの幸せに繋がっているのだから… 冬真のため... 葉祐のため... そして何より...祖母に会うことすら叶わない...冬葉のためにも...

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