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晴れの日に #3 side Y
会場の様子はほぼ予想通り。冬真の登場に、ざわつくか見惚れるかのほぼ二択。
本来ならため息をつきたい気分。でも、しない。冬真が落ち込むから。それは何よりも不本意だから。
冬葉の入学式…スゲー楽しみにしてたんだもんな。真の時は入院してたし…もしかしたら…入学式自体が初めてなのかもしれない。小学校はほとんど行ってないらしいから、自分のすらも出席していない可能性が高い。だったら、余計に我慢しなくっちゃ。こんなこと、よくあること。想定内じゃないか…
「ようすけ…」
冬真は普段よりも小さな声で俺を呼ぶ。そして、どこか自信なさげに俺のスーツの裾をぎゅっと掴んだ。
「大丈夫だ!俺がついてるだろ?」
スーツを掴んだその冷たい手を取り、温めるように包んでやると、不安げな表情から一変、頬をほんのり桜色に染め、それから穏やかに微笑んだ。その表情はあまりにも柔らかく、美しい。ここが自宅の寝室なら押し倒しているに違いない。そんな卑しい考えを一瞬でも持ったバチが当たったのか、一番会いたくない人に遭遇する。
「先生!岩崎先生!」
「浩史(ひろし)くん…」
冬真は目を輝かせ、明るい表情でその人物の名前を呼ぶ。本来、冬真のこういう表情を見られるのはとても嬉しい。だけど、今は例外。
「ご無沙汰しております。お元気そうで何よりです、先生。」
その人は当たり前のように、ごく自然に俺から冬真の手を奪う。
「浩史くん…どうして…どうしてここに?」
「昨年、こちらの学校に赴任したんです。」
「そうか…君は…先生になったんだったね…」
「ええ。以前、お会いした時も話しましたよ。」
「ごめんなさい。うふふふ…」
冬真は楽しげに笑い、浩史と呼ばれた男性も愉快に笑う。その間もずっと手は握られたまま。その人の名は柴田浩史(しばたひろし)。冬真が昔、講師として通っていたカルチャーセンターの絵画教室の生徒の一人だ。数年前、バッタリ再会し、紹介された。浩史は俺に会釈をした。
子供の頃に築かれた関係は、大人になっても大して変わらない。つまり、浩史の中で冬真は先生と言えど、限りなく兄に近い存在で、逆に、冬真の中で浩史はいつまでも子供のまま。故に、浩史は容易く冬真の懐に入り、冬真の警戒心はいとも簡単に弱まる。現に自分の体に他人が触れることを警戒する冬真が、浩史には何の警戒もしていない。それどころか談笑している。
これは…とても危険なんじゃないか?
それとも気にし過ぎか?
いやいや、何かあったらどうする?
まさか!ここは学校だぞ!
いやいや、教師と言えど人間だぞ?教師だけじゃない、保護者だっている。
他人と接することは、むしろ冬真にとって良いことなんじゃないか?
いやいや、どこに危険が潜んでいるか分からない。100%安全とは限らない。
どっと疲労感に襲われた。これでは心身共にもたない。これから六年間、こんなことばかり考えるのだろうか?
やっぱり…浩史の存在は大きい。
今日は冬葉の入学式。
めでたい晴れの日。
だけど…俺にとっては波乱の幕開け。
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