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Fuga da casa #5 side N

少し早めの入浴と夕食を済ませ、俊介さんが冬真パパのために購入したという写真集を皆で見ようかという頃、来客を知らせる呼び鈴がけたたましく響いた。 「この家に来客なんてほとんどないからな。今日、この時間にやって来るのは一人だけさ。」 俊介さんはちょっとニヒルに笑ってリビングから消えた。程なく戻ってきたその後ろには、肩で息をする真の姿があった。 「真!」 「直…」 俊介さんはそのままキッチンへと消え、俺は残された真の元へ歩み寄る。 「真、大丈夫か?走って来たのか?」 背中を擦ろうとして差し出した手を瞬時に振り払われた。 「痛っ。」 「家出なんて…家出なんて…酷い!」 真はその場でしゃがみ込み、思い切り俺を睨みつけた。その瞳からはいつ溢れ出してもおかしくない涙。真の涙を見た俺は急に罪悪感に襲われた。 「真…ごめん…俺……」 「謝らないで!」 冬真パパが珍しく強い口調で言った。 「冬真パパ…」 「直くんが謝ることなんて、何一つないじゃない!」 冬真パパはゆっくりと真に歩み寄り、向かい合う様にしゃがみ込みだ。 「酷いのは君の方だよ。真祐。」 冬真パパが真を呼び捨てにした。俺の知る限り、恐らくそれは初めてのことだった。それが事の重大さを示しているようで、何だか怖かった。 「僕はいつでも君に迷惑掛けてばかり…叱る権利なんてないのは分かってる。でも…今回の君は酷いよ!はぁ…直くんに当たり散らして…はぁ…直くんは…はぁ…直くんは…何も悪くないのに…はぁはぁ…毎日…はぁはぁ…はぁはぁ…」 興奮したパパの息が急に上がり始めた。これはもしかしたらマズい展開かもしれない。そう思った時、俊介さんが珍しくドタドタと足音を立て、冬真パパの背後に回った。そのまま後ろからパパを抱きしめと、囁く様に言った。 「大丈夫。落ち着いて…君が言いたいことは分かっている。吸って…吐いて…そう、ゆっくり…そう、上手。上手だよ。」 俊介さんの腕の中で、冬真パパは徐々に落ち着きを取り戻し、その身をずっと俊介さんに任せていた。ホッとしたのも束の間、それと反比例するように今度は真が泣き崩れる。 「うっ…僕だって…僕だって…どうしてこんな風になっちゃうのか…どうしたら良いか…分かんなくて…うっ…うっ…」 「真…」 真はずっと苦しんでいて、その結果があの態度。本人もその苦しみをイマイチ理解出来ていない。本人に分からないものを、他人はどう接してやったら良いのだろう。俺が理解してやる術はないのだろうか… 「真…こっちにおいで。」 俊介さんに呼ばれ、真は泣きじゃくりながらも、トボトボと歩き出し、俊介さんの隣に座った。 「真…それはきっと自己嫌悪だ。」 俊介さんは左手でパパ、右手で真を抱きしめ、パパに語るトーンとは別のトーンで語りかけた。どちらも優しさに満ち溢れていて、不思議と三人の周りに光が当たっているかのよう。 「自己…嫌悪?」 「そう。こんなこと言いたいワケじゃない、したいワケじゃないのに…が次々と重なっていったんだ。その大きくなり過ぎた自己嫌悪がどこに向けられるのか。不器用な君はまずは自分へ。次は唯一甘えられる存在の直生へ。前回は自分に向けられたけど、今回は直生に向けられた。ちゃんと言えば良かったんだよ。『入学式の直生は素敵だった』って。」 「えっ?」 真は慌てて目を逸らす。 「それから、『そんな素敵な直生の絶大な人気ぶりを見て、取られそうで嫌だった。』って、正直にね。それだけで状況はだいぶ違ったぞ。ただでさえ直生は君に夢中。そんなこと言われたら更に君に夢中になったはずだ。悪い気はしないだろう?ちょっとはうざったいと思うかもしれないが、君の気持ちはだいぶ楽になったはずだ。」 「それって…本当なのか?真…」 真は何も言わない。だけど、反らしたままの視線と朱に染めた頬が、俊介さんの言葉を裏付けるには充分だった。俊介さんと冬真パパ、二人の視線なんてお構いなしに真に抱きついた。 「なっ、何?ちょっと!」 「何だよ〜お前、超絶可愛いな!」 「ちょ、ちが…直…」 頬にキスしようとするけれど、真っ赤な顔で一生懸命もがいてそれを阻止しようとする真。まるで俺の腕の中でずっと暴れてるみたい。 そうやってずっと暴れると良いよ。 何があっても俺は… お前を絶対逃さないから。

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