「静か…だな。」 「だね。」 「何か…」 「うん？」 「緊張するな…二人っきりだと…」 「うん…」 いざ二人きりになると、どうしたら良いか分からず、広いゲストハウスのリビングのソファーの端と端に座っていた。そして、その真ん中には俊介さんの家を辞する際、『Good Luck!』と手渡されたポーチ。中身は避妊具とローション。俺はやっと覚悟の意味を悟り、それが二人の口をますます重たくさせていた。 「ねぇ…直くん…」 「うん？」 「あの二人…何かあったのかな…」 真はポーチに視線を落とし、膝を抱えながら言う。俊介さんと冬真パパ、先程の甘々な様子と俊介さんが見せた何とも形容しがたい表情を思い出した。 「何か…って？」 「ううん…良いんだ。うん。何かあっても。あの二人のことだから、そうならざる負えない理由が発生したのかもしれないし…僕達家族全員、俊介さんには恩義しかないから。あの人の努力と忍耐で…今まで美しい三角形が保たれてきたんだ。その三角形の内側で僕と冬葉は幸せに育ってきた。何十年も努力と忍耐を重ねた人が報われないなんて…やっぱり可哀想だし…」 今度ばかりは真の言いたいことはすぐに伝わった。 「ばーか！お前はさ、何でも小難しく考えすぎなんだよ。」 「こっ…小難しい…って…」 「頭も良いし、物書きだから仕方ないのかもしれないけど…あくまでも想像の話だろ？だったらそんなの考えたって仕方ねぇよ。」 「うん…」 「それにこれも。」 ソファーの真ん中に鎮座するポーチに視線を送る。 「こういうのって『覚悟』とかじゃなくて、気持ちの問題だろ？好きって気持ちから自然に派生すること。覚悟なんて大げさ。皆、難しく考え過ぎなんだよ。そんなこと言ってる間は、これの出番はねぇな。」 どこか見えない場所にしまおうと、ポーチに手を掛けた時、真がそれを制した。 「ちょっと待って！」 「どうした？」 「あっ、あのさ…覚悟って…そんなにダメ…なのかな……やっぱり…僕には必要だよ…」 「真…」 「今更って言われるかもしれないけど…僕は男なんだよ。女性の柔らかい体にはどうしたって勝てないし…怖いんだ。そうなってみて、やっぱり女性が良いって思われちゃったらって考えると…そう簡単には踏み込めないっていうか…」 「………うん？ちょっ、ちょっと待って！今の感じだと、真はそうなりたいって思ってるの？俺と…」 「だって…好きって気持ちから自然に派生するんでしょ？だったら…僕だって…」 「そうか…そうなのか！いやぁ〜良かった！俺さ、真はそういうこと全く興味ないんだと思ってたんだ。だから、今まで手が出せなかったんだよ。真、耳の穴かっぽじってよく聞けよ。俺はお前とそうなりたいって思ったのは、中学の時でさ。恥ずかしながら、高校の時なんて夢見ちゃってたぐらい。一緒に暮らし始めてからは、何とかして成就させたい一大プロジェクト！」 「あははは…なぁにそれ？あははは。」 真が盛大に吹き出した。 「やっぱりいいね！お前の笑顔。最高で最強！まぁ、笑顔だけじゃなくて、全部が最高で最強だけどさ。」 「えっ？えーっと…その…それって…信じていいのかな？」 「おうよ！」 「僕のこと…好き？」 「何だよ。本当にそれこそ今更だな。」 「だって……直くんは本当にモテるんだよ！全然気が付いてないけど。僕はいつだって不安なんだからね…」 ちょっと涙目の真。 めちゃめちゃ可愛いぜ！コノヤロー！ 「なぁ、真。悪いけど…やっぱり覚悟決めてくれないか？今晩。」 「えっ？」 「お前の気持ちも分かったし…何かもう、色々抑えられそうにねぇや。約束する！覚悟を決めてくれたこと、絶対に後悔させない！だから…」 「よろしく…お願いします…」 恥ずかしそうに目も合わさず、真がペコリと頭を下げた。 差し出した俺の掌に真の掌が重なった。 そう…これが俺達二人の忘れられない夜の始まり。