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本降りになったら #1 side N
『恐らく今週中には梅雨入りを迎えるでしょう。』
ローカルニュースの天気予報が、程なくこの地方も梅雨入りすることを告げた。
「梅雨…かぁ…」
葉祐さんは窓の外を見つめながら言った。外は雨。一時間ほど前にポツポツと降り出した雨は、徐々に勢いを増していく。午前中の賑わいが嘘のように、今、店には人一人いない。
「さぁて、ちょっと早いけど、もう店じまいするか!直生、閉店の札に変えて、外の電気消して来て。」
俊介さんの代わりに店の手伝いをしている俺は、指示通りにそれをこなし、そして、また店内に戻る。
「あっ、そうそう。梅雨入りしたら冬葉をお景さんちに預けるから…」
葉祐さんは何でもないことのように明るい声で言う。しかし、その表情には暗い影があった。
「どれぐらい…ですか?」
「多分、夏の終わりぐらいまで。」
「えっ?そんなに?」
「ああ。その方が、冬葉にとって都合が良いんだよ。雨が何日も続いて立ち往生するかもしれないし、夏休みになったら、学校のプールに通わなくちゃだろう?こっちにいたら、せっかくの夏休み、友達とも遊べなくなるしさ。」
それって、建前だろ?で、本当のところは?
話の続きを催促するように葉祐さんをじっと見つめた。いよいよ観念したように口を開く。
「梅雨あたりから夏の終わり、それから真冬は特に注意が必要なんだ。季節柄、どうしても内向的になりがちで…お前にも迷惑掛けると思う。悪い。」
それだけ言うと、もうおしまい!とばかりに、葉祐さんは片付けを始めた。
そっか…その方が冬葉のため。
冬葉に要らぬ不安を与えないため。
ただでさえない冬真パパの食欲は、梅雨から夏にかけて目を見張るほどガタッと落ちる。それに伴って体力も徐々に落ちていき、自然と体調が悪くなる日が多くなった。それでも数年前までは、花火大会に出掛けることが出来たらしいが、少なくとも去年、一昨年は行けていない。葉祐さんはあの手この手と努力するけれど、一向に明るい兆しが見えないらしい。こんな時に心臓の発作や悲鳴を上げたりしたら、取り返しがつかなくなる可能性だってある。葉祐さんはそれを一番恐れている。
「俺は大丈夫です。夏休みになれば家にいる時間も増えるし、バイトも葉祐さんが休みの日に昼から入れるようにします。多分、その辺は平塚のじぃちゃん…じゃなかった、社長が店長に言ってくれると思うんで…」
「うちはいつも平塚家に頼ってばかりだな。迷惑ばかり掛けて、細やかな恩返しすらも出来ていない…」
「そんなことないんじゃないですか?平塚のじぃちゃんとばぁちゃんにとって、冬葉は孫みたいなもんだし…来てくれるの楽しみにしてると思いますよ。それに俺も平塚庵のバイト、結構頑張ってるし…」
「そうだな。」
葉祐さんは笑う。影は拭えないまま。
「だけど……真。真も二人の子供なんです。冬葉と同じ。冬葉に与えない代わりに、真には不安を与えても構わないってことはないんです。真は繊細です。多分、冬葉より。それだけは忘れないでください。その分…俺…頑張りますから。めちゃくちゃ頑張りますから…」
「ああ。分かってるよ。夏休みの間、真をちょっと長い使いに出そうかと考えているんだ。難なく執筆活動が出来るようにね。ありがとな、直生。いつも真のこと真っ先に考えてくれて。」
「さっ、早く片付けて帰りましょう!今日の晩飯何でしょうね!真、朝から出汁取ってたから、和食ですかね。楽しみだな。」
その場の空気を変えるべく、努めて明るく振る舞う。
梅雨入りは間もなく。
外の雨も直に本降りになるだろう。
そして…俺達の長い戦いが始まる。
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