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不思議な子 #2 side N
「しんちゃん!ふゆくんのでばんまだ?」
「まだまだ。」
「じゃあ、このチョコレートおあじみしていい?」
「いいけど、カレー美味しくなくなるかもしれないよ?その分量がカレーにベストな量なんだ。それにさっき、残りのチョコレート全部食べたでしょう?」
「ゔ〜」
冬葉君はさっきからリビングとキッチンを行ったり来たり。歳の離れた兄弟の可愛らしい攻防がずっと続いていた。冬葉君が来てから真祐君はガラリと変わった。昨日の嗚咽が嘘のように。彼の一番の望みが弟に会いたいだなんて、最初は信じられなかった。でも、冬葉君の力強い飛び切りの笑顔を見ていると、何だかその気持ちも分かるような気がした。
「ねぇ、おじちゃん。」
「何だい?」
「カレー、ちょっとおいしくなくなってもいい?」
「どうして?せっかくなら美味しいのが食べたいよ。だって、冬葉君が言ったんだよ。『真ちゃんのカレーは世界で一番美味しいよ』って。」
「ゔ〜」
「ねぇ、冬葉!今日、我慢出来たら、明日、スーパーで買ってあげるよ。」
遠くで真祐が言う。
「ほんと?!」
「うん。でも、宿題が終わってからね。」
「ぶぅ…ふゆくん、だまされた!」
「あははは。」
真祐君の笑い声がこだました。その声を聞いて、僕は心底ホッとし、隣で座るこの小さな存在に感謝した。
「ねぇ、おじちゃん?」
冬葉君は僕を小声で呼んだ。
「うん?」
「しんちゃん…ニコニコちゃんになったね!」
「冬葉君のおかげだよ。ありがとう。」
「良かった!ふゆくんのおにいちゃんだってこと、おもいだしてくれたんだね。きっと。」
「うん。でもさ、誰が言ったの?そんなこと。」
「とうまパパたよ。」
「冬真君が?」
「うん。しんちゃんは、まじめくんだから、たーくさんのことかんがえすぎちゃって、ときどき、かなしくなっちゃうんだって。ホントはパパがたすけてあげたいけれど、パパにはどうすることもできないから、ふゆくんがたすけてあげてほしいって。しんちゃんが、かんがえすぎちゃったときは、ふゆくんのおにいちゃんってことをおもいださせてあげてって。そうすれば、ニコニコちゃんになるからって。」
「そっか…すごいね!冬葉君は。」
「パパがね、『冬くんはラッキーちゃんだから、みんなをニコニコちゃんにするパワーを持ってるんだよ』っておしえてくれたんだ。」
「ラッキーちやん?」
「うん!まいにちたのしくて、ごはんがおいしいとハッピーちゃんっていうんだって。でも、ふゆくんのばあいは、ハッピーちゃんのほうからきてくれるからラッキーちゃんなんだって。これは、しゅんパパが教えてくれたの。」
「なるほどね!でも、それ当たってるよ!だって、冬葉君が来てくれたおかげで、おじさんは世界一美味しいカレーが食べられるんだもん。」
「うふふふ。」
ちょっと得意気に笑う姿はやっぱり子供。でも、この子は不思議な子。そこにいるだけで周りを笑顔にする。ああ、そう言えば、光彦もそんなヤツだったっけ。光彦はもうこの世にいない。だけど、こうして彼の一部が誰かに受け継がれているのだと思うと、僕はもう一度、彼に会えた様な気持ちになった。冬葉君は明日のチョコレート獲得を死守すべく、キッチンへと向かい、兄に何やら交渉を始めた。一人になった僕は、サイドボードのフォトフレームで笑う友の顔を見つめた。
たまには一緒に酒でも飲もうか?光彦。
肴は君の孫が作ったカレーと力強い飛び切りの笑顔。
どうた?悪くないだろう?
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