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越えるべき壁 #1 side N
「それでね、ふゆくんはうさぎちゃんになったんだよ。いろんな人からおかし、いっぱいもらってね。しちょーさんからひょうしょうじょうもらったの。カメラの人がいーっぱいきて、ふゆくん、パチパチされたの。そうしたら、おばちゃんがピノキオさんになっちゃったんだよ。」
瞳を輝かせ、興奮気味に話す冬葉の会話は支離滅裂。それでも、冬真パパは一生懸命耳を傾ける。冬葉が今日、その少し前にパパが戻り、この家も随分と賑やかになった。
「何の話だ?あれ。」
二人から少し離れたキッチンで、横に並ぶ葉祐さんがコーヒーを差し出しながら尋ねた。
「市主催のハロウィンパレードでフォトジェニック賞をもらって、市長から表彰された。新聞社や出版社などのメディアから取材を受けた。それから、何件かスカウトの話が来て、そのことを西田さんの奥さんが『鼻高々だわ』と言った。まぁ、要約するとそんなとこ。」
「へぇ〜冬葉がね。まぁ、冬葉は冬真と瓜二つだからな。当然ちゃ当然だ。」
葉祐さんは締まりのないニヤケ顔を頑張って元に戻そうとするけれと、一向に戻る気配がない。目下、親バカ全開中。
『確かにパパは美人で、冬葉も将来美人確定だけど、真だってイケメンだし、めちゃめちゃ可愛いんだからなっ!』
と心の中で静かに反論する。
「それでね、おけいちゃんがふゆくんのうさぎちゃんがみたいから、しょうちゃんのレストランへきてっていったから、西田のおじちゃんとおばちゃんと三人でいったの。そしたらね、すごいんだよ!なんと!さやかちゃんがいたんだよ!とうまパパがいったとおりだったから、ふゆくん、びっくりしたゃった!」
ニヤケ顔から一転、葉祐さんは顔色を変えた。何か言いたげな葉祐さんを制するように、冬真パパは葉祐さん見つめ、笑顔を見せた。
「……さやかちゃん…元気だった?」
「うん!それとね、ふしぎなんだよ。レストランにはなんと、わたくんといずみちゃんもいたの。さやかちゃんとわたくん、おともだちなんだって!すごいよね!ふゆくんのおともだちが、じつは、おともだちどうしだったなんて!」
「そう…それは…びっくりだね…」
「うん!それでね、さやかちゃんからプレゼントもらったの。」
「いいなぁ…何だったの?さやかちゃんからのプレゼント。」
「これだよ!」
冬葉が自慢気に取り出したのは人体図鑑。それは対象年齢ガン無視の、あまりにもリアル過ぎる代物で、冬葉ぐらいの歳の子が見たら恐怖のあまり泣くかもしれないと容易に想像出来る。その図鑑を見るやいなや、葉祐さんと冬真パパは同時に吹き出した。
「うふふふ…さやかちゃんらしい…」
「えっ?とうまパパ、さやかちゃんしってるの?」
「ううん。前に冬くんからお話聞いたてしょ?その時…面白い人だなぁって思ったから。」
冬真パパが静かに微笑んだ。あまりにも清らかで美しい笑顔に葉祐さんと共に一瞬息を呑んだ。その後、隣にいるおっさんは瞬時に鼻の下を伸ばした。そして、その説得力のない、だらしない顔のまま言う。
「普通さ、小学生にああいうのやるか?あまりにもリアル過ぎるだろ?」
「ですね。あれは最終形態、人体図鑑の。小学生にはちょっと…」
「だろ?でもまぁ、そういうの全部すっ飛ばしちゃう辺りがあの人なんだよなぁ。」
「知ってるんですか?さやかちゃん…」
「まぁね。」
葉祐さんがさやかちゃんを知っているってことは、冬真パパも知っているはず。二人共さやかちゃんを知っているのに、知らないふりをしている。この二人のことだ。知っているのに知らないふりをしているのは、何か理由があるのだろう。
「なぁ?直生?」
「はい?」
「聞かないのか?さやかちゃんのこと。」
「時期尚早。その時が来たら言うんでしょ?」
「まぁね。」
「美人には秘密がよく似合う。そして、そのまとった秘密が彼をますます美しくさせる…」
「けっ!お前、作家先生の影響受けまくりだな。いかにも真が言いそうだ。」
「愛すればこそじゃないですか?ずっと一緒にいるんだから。葉祐さんだってパパの影響受けてるとこあるでしょう?」
「俺かぁ?俺は…ねぇな…多分。」
「えっ?」
「だって、俺と冬真じゃ全然違いすぎるよ!俺、あんなに強くないし、あんなに清らかでもないしさ。俺は全てにおいて冬真の足元にも及ばないよ。だけど…冬真のそばにいるだけで、俺はめちゃめちゃ幸せ!それだけは間違いねぇ!」
ピースサインを出して、ニカっと笑う葉祐さんは、とても眩しかった。
何だよ!めちゃくちゃ格好良いじゃねーか!
俺はこの人を乗り越えなくちゃならないのかよ!
クソーっ!でも、絶対超えてみせるから!
そして…何度も何度も真に惚れてもらうんだ!
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