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不思議な話 #1 side S
部屋にチャイム音が響いた。ホテルの部屋で聞くチャイム音ほど不気味なものはなく、恐る恐るドア越しに返事をすると、くぐもるように聞こえて来たのは、よく知る声だった。
「あっ、俺。」
えっ?直?
そんなはずは…
あまりにも会いたい想いが強すぎて幻聴?
僕は慌ててドアを開ける。そこには、ジャケットにシャツ、パンツにローファーという、珍しく少し畏まった装いの直が立っていた。
「よっ!」
「直!何で?」
「ほらっ、これ。」
直は左手を持ち上げ、持参した保冷バッグを僕に見せた。
「これは?」
「さぁ…」
「さぁ…って。一体何しに来たの?特に用事がないなら早く帰りなよ。まだ新幹線もあるし。」
会いたくて会いたくてたまらなかったのに、本当は嬉しくて仕方ないのに、ついつい真逆のことを言ってしまう僕。本当に悪いクセ。いつだって言ったそばから後悔が始まるんだ。もちろん今も。
「おいおい、随分な物言いだな。ちゃんとお遣いで来てるんだぜ。よく分からないけど、これ、迎えが来るまでホテルの冷蔵庫に入れておけって。」
「誰が?」
「冬真パパ。それより、部屋に入れてくれない?これじゃあ、詳しい話も出来ないだろ?それから…外、結構寒くてさ、出来れば温かいお茶なんか出してもらえると嬉しいんだけど。」
「ああ、ごめん。」
直を部屋に招き入れ、彼から受け取った保冷バッグをそのまま冷蔵庫に入れた。それから、お茶の準備を始めると、背後から急に抱きしめられた。
「真……ごめん。しばらくこのままで。」
「………うん。」
こんな風に抱きしめられたのは、あの日…僕達が初めて一つになった日以来だった。そして、直は耳元で囁く様に言う。
「会いたかったよ…真。」
「ごめん……僕が逃げ出さなかったら…こんなことには…」
首元にふわりと巻かれた直の両腕をぎゅっと掴んだ。冬真の世話を直に押し付けた僕。掴んだ指先から後悔の念が溢れ出ていた。
「ばーか!」
直は僕の首元にあった腕を解くと、僕の体を180度回転させた。そうすることで、僕達は改めて向き合う形になった。
「何だ?逃げ出すって。俺が冬真パパと一緒にいたかったんだ。それだけの話。お前は一切関係ねぇよ。」
直は笑う。彼特有の人懐っこい、くしゃっとなる愛らしい笑顔で…
「うん。」
「しかし、迎えって何の迎えなんだろうな?あっ、そうそう、お前石井さんって知ってる?」
「石井さん?」
「そう。」
「さぁ…記憶にないなぁ。」
「パパの話じゃ、その石井って人が迎えに来るらしいんだよ。その人が迎えに来たら、冷蔵庫の保冷バッグ持って、その人について行けって。それから、お前も今夜はジャケット着用で、スニーカー禁止だってさ。」
「それも冬真が?」
「うん。」
「う〜ん……それより、直、今夜はどこに泊まるの?」
「えっ?ここに泊めてくれないの?」
「えっ?だって、ここは出版社の人が出入りするし…それに…」
「うそうそ!冗談!パパがその石井っていう人にそれも頼んでおくって。とにかく、その石井さんに従えば良いみたい。めちゃめちゃ楽しそうにしてたから、心配することはなさそうだけどな。」
「う〜ん…」
「まっ、いつ迎えが来てもいいように、お前も着替えておけよ。何なら手伝ってやってもいいぜ!」
「もぉ〜バカ!」
「くぅ〜いつも真だな。よしっ!」
直はまた、くしゃっとした愛らしい笑顔を見せた
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