71 / 132

Boss #1 side N

迎えに来た石井という人物に、真はやはり記憶がなかった。それに反して、石井氏の方は真を見るなり、 「当然ですが、大きくおなりに…」 と少し声を詰まらせた。 「僕はあなたににお会いしたことがあるのでしょうか?」 真は珍しく興奮気味に話す。 「ええ。ですが、随分昔のことですし、会ったと言っても、送迎の際にお見かけする程度ですので、あなたに記憶がなくて当然です。どうぞお気になさらず。」 「送迎?何のですか?」 「それはこれからお会いする方にお聞きになると良い。それと、お食事ですが…何か苦手な物はございますか?お二人共、特にないと冬真様より伺ってはいるのですが…」 「ええ。大丈夫です。」 「それは良かった。」 石井氏はにっこりと微笑んだ。 石井氏に案内されたのは、ホテルの上層階にある高級レストランで、入口で支配人と名乗る男性に丁重な挨拶を受けると石井氏は、 「では、私はここで。」 と言って頭を下げた。 「えっ?石井さんは中に入らないんすか?」 俺は思わず上ずった声を上げた。 「ええ。きっと、中で私のボスが首を長くして待っていると思います。やっと、冬真様から真祐様、あなたとの対面を許されたのですから。」  「その方…あなたのボスも僕に会ったことがあるのですか?」 「ええ、もちろん。最後にお会いしたのは、確か…あなたが3歳の時だったと記憶しています。」 「冬真…いや、父はどうして僕とあなたのボスの対面を拒んだのでしょう?」 「実際のところは分かりませんが…対面するにあたり一つ条件がありました。そのことから、冬真様のお考えは何となく察しがつきます。詳しくは中で待つボスに聞くと良いでしょう。あの方もご高齢ですからね。対面が早く実現出来て、私は心底良かったと思っています。それと…」 石井氏は預けていた保冷バッグを差し出した。 「真祐さん。申し訳ありませんが、これはあなたからあの方に渡して頂けますか?支配人、これをあの方から受け取って、保管しておいて頂けますか?帰りに私が受け取りますので。」 支配人は了解したとばかりに頭を下げた。 「ちょっと待ってください。何故そんな面倒なことをするんですか?結局あなたの手に渡るのであれば、今、あなたが持ち帰る方が良いのではないでしょうか?保冷バッグに入ってるぐらいだから、冷蔵庫で保管するようなものなんだろうし…」 俺の問いに石井氏は微笑みながら返す。 「いいえ。持ち帰るのは私ではなくボスです。こちらは毎年楽しみにされている、とても大切な物なんです。それを見る度に今年こそはあなたに会えるだろうかと口にしていました。そういう大切な物ですから、私からよりあなたの手から頂いた方が喜びも一入でしょう?さぁ、早く行ってあげてください。支配人!よろしくお願いします。」 石井氏は頭を下げると踵を返し、レストランから遠ざかっていった。残された俺達は、支配人の誘導のもと、店内の奥にある個室と思われる部屋に案内された。 「失礼致します。お連れ様がお見えになりました。」 ノックの後、支配人かそう言った。 「どうぞ。」 中から返事が聞こえると、支配人は扉を静かに開き、俺達を中に入るよう促した。 「やぁ!真君!当たり前な話だが、立派になったな!本当に若かりし頃の葉祐君にそっくりだ!」 出迎えてくれたのは、満面の笑みを浮かべたおじいさんだった。

ともだちにシェアしよう!