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Boss #2 side S

僕の手を嬉しそうに握るおじいさんにどこか見覚えがある。けれど、あまりにも朧気な記憶で、考えても考えても一向に思い出すことが出来ず、僕は小さな苛立ちを覚え始めていた。そんな僕の様子にいち早く気が付いた直は、寄り添うように隣に立ち、僕の背中をトントンと2回軽く叩いた。 「ああ、こんなことなら君の作品を持ってくるんだった!サインをもらうチャンスだったのに。」 まるで子供のように悔しがる何とも愛らしいおじいさんの姿と、直のおかげで、僕の苛立ちは徐々に小さくなっていった。 「読んでくださったんですか?」 「もちろんだよ!私はね、君の大ファンなんだ!いいね!君の作品は。静寂で透明な世界の中にあって、それでいて何か温かい流れがある。私はあの時計屋のシリーズが特に好きだよ。」 「あ…ありがとう…ございます。」 「あの…すみません。ボス?」 直がおじいさんに声を掛けた。 「ボス?」 「ああ、さっき石井さんがおじいさんのことをそう呼んでたから。俺も真もおじいさんのこと、何も聞かされてないものですから、名前も知らなくて…」 「あははははは!いやぁ!あの堅物が私のことをそんな風に言うなんて!ああ、君が直生君だね?菅野直生君!」 「えっ?あっ…はい…」 「うん、うん。噂通り!」 おじいさんは直の肩をポンと叩いた。 「噂?俺の…ですか?」 「ああ、冬真から聞いてるよ。人懐っこい、愛らしい外見とは裏腹に、性格は実直で芯が通った青年。それに、どんな時でも真祐を守ってくれる優しいナイトだと。」 「冬真パパが?」 「冬真パパ?」 「あっ、すみません。冬真さんが?」 「いやいや、パパで結構!冬真にパパと呼ばれる日が来るなんてなぁ…うん…」 おじいさんは先程までの元気が嘘のように急に黙り込んだ。おじいさんは冬真のこと、どこまで知っているのだろうか?冬真の悲しい過去のどこまで…僕はこの間が突然怖くなって、慌てて手にしていた保冷バッグを差し出した。 「あっ、あの…こっ…これ…」 おじいさんはそれを見ると再び笑顔を見せた。 「ありがとう!私はこれを毎年楽しみにしていてね。」 「何なんですか?それ。」 直が尋ねた。 「これか?これはね…」 おじいさんは保冷バッグから取り出したのは瓶で、そこには緑色の物が入っていた。 「それ…葉祐の?」 「そう!葉祐君の手作りジェノベーゼソース。私はこれに目がなくてね。毎年欠かさず送ってくれるんだ。葉祐君のご厚意には本当に感謝しているのだよ。」 ジェノベーゼソースを喜ぶおじいさんを見て、今度は僕が黙り込む。 このソースを葉祐が毎年送ってるってことは… このおじいさんは… ぐぅ…… 直のお腹が盛大に音を鳴らした。 「すっ、すみません。」 「あははははは…結構結構。さぁ、食事にしよう!それに、この大切なソースも預けないと。」 おじいさんは部屋の呼び鈴を鳴らし、支配人を呼んだ。

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