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Boss #4 side S

岩崎不動産販売 会長 岩崎広行 何度も疑って凝視するけれど、名刺には確かにそう書かれていた。ボスに見覚えがあったのは、ボスが日本を牽引する企業のトップで、雑誌やTV、ニュースで彼を見ていたから。僕は今、自分の置かれている状況と展開に混乱し、何だかフワフワしていた。今の僕には直だけが頼りで、咄嗟にテーブルの下にある彼の手をぎゅっと握った。直が握り返してくれる力だけが僕をその場に留めていた。 「おいおい。どうした?二人してそんな顔して?」 僕は驚きのあまり言葉も出て来ず、何も返せない。 「誰だって驚くよ!世間に疎い俺だって、ボスの会社がどんな会社だか知ってるもん。この国を牽引するような会社のトップと会うことも、話をすることも夢にも思わないでしょ?普通。」 僕よりも冷静なのか、僕の代わりに直がすぐさま返す。だけど、やっぱり驚いているのか、声が上ずっているあたりが普段の直っぼくて、僕をどこか安心させた。 「あははは。気にするな。ただの老いぼれだよ。」 「老いぼれって言葉からはめちゃめちゃかけ離れてるんですけど。」 「そうか?」 「ああ。でもさ、何で?パパとボスはどういう関係なの?年齢的にも友達って感じもしないし、まして、パパがボスの会社で働いていたなんて絶対あり得ないし。」 「友達かぁ…友達でも良いね!冬葉の時はそう言ってみようかな?冬真は父親似でイケメンだからな。イケメンの友達って自慢だろう?会社の女の子達も見直してくれるかもしれんし。」 「父親似って、光彦さんも知ってるの?」 「まぁね。」 「ボス…楽しんでいるとこ悪いんだけどさ…俺、こう見えても、結構とまどってるんだぜ。真なんてもっとだよ。可哀想だろ?」 「直生は本当にナイトだね。すまん、すまん。実は冬真はね、私の甥なんだ。妹の子供、それが冬真。」 「えっ?やよちゃん?」 意外にもやよちゃんの名前が出てきて、僕はやっと声を出すことが出来た。 「ああ、そうか!真祐は弥生を訪ねてくれたそうだね!織枝さんから聞いたよ。君が送ってくれた本も見た。忙しいのにありがとう。」 「じゃあ…冬真がよく言う『お祖父様』っていうのは…」 「そう、岩崎英輔。私の父だ。」 「岩崎グループの創始者…」 「そう。君もその岩崎家の一員なんだよ。」 「そっ、そんな…僕は…海野家の血を受け継いでいて…一員なのは冬葉の方で…」 「君は冬真と葉祐君の子供だろ?だったら、そんなの関係ないさ。」 「でも…そんなに大事なこと…何で黙っていたんだろう…」 「だからだよ。冬真との約束はたった一つ。私が君達の大伯父だと名乗り出ても良いのは、君達が自分の力で世間を渡り歩ける術を持った時。」 「どうして?どうして冬真パパはそんなこと言ったの?」 「まぁ、冬真の半生は家に縛られていたようなものだったからね。岩崎の家の干渉や確執から子供達を守りたかったんだろう。とにかく子供達には自由でいて欲しかった。運良く我々には後継者がいた。しかし、そうでなかったら、君や冬葉が後継者として担ぎ上げられる可能性だってある。もしかしたら、役員の中には君達二人に、幼少時より帝王学を学ばせようなんて考える輩もいるかもしれん。冬真は何よりもそこを恐れたのさ。だから、我々は互いに距離をとった。そんな輩から君達を守るためにね。しかし、私を不憫に思った葉祐君は、それまで手渡しだったあのソースを配送に変え、それと一緒に君と冬葉の写真を送ってくれるようになったんだ。一昨年辺りからは直生、君も一緒に写ってた。」 「そうだったんですね…僕…ずっと不思議に思っていたことがあって…家の玄関の表札のあたりに古い何かの跡があって…」 「あっー!あるある!俺も何だろうって思ってた!じゃあ、あれは表札を付け替えたから?」 「冬真は結婚するまで岩崎姓だったからね。しかし…やっと君に会えて、こうして話すことが出来て本当に良かった。このまま君に会えず、事実を墓場まで持って行くことは、私としては心残りだったからね。だけど、冬葉は無理だろうな。仮に冬葉が成人した時と仮定しても、その頃には本当に墓場にいる可能性の方が高い…」 「何弱気になってるんだよ、ボス!らしくないなぁ。冬葉には会えるよ。今すぐにでもね。」 「えっ?」 「何だって?それは本当か?直生!」 僕は驚き、ボスは感嘆の声を上げた。 「ああ。だって、パパの心配はさ、真と冬葉に何事にも縛られない、干渉されない人生をってところなんだろ?真、お前はさておき、冬葉がそんなものに縛られるヤツだと思う?」 僕は冬葉を思い浮かべる。そして、首を横に振る。 「だろ?あの家で一番、予測不能なぐらい豪快で男らしいのはアイツだろ?」 「うん。」 「パパも自分の子供のこと、全然分かってねぇ。っーか、信用してねぇな。何事も冬葉を縛り付けるなんて出来ないよ。そんなもの、アイツは自分の手で一撃するさ。アイツはいつだって事態を好転させる力を持ってる。あの歳にしてね。俺、パパに話してみるよ!説得してみる。だからさ、ボスも空いてる日、石井さんに確認してみて。それからボスの連絡先も教えて!いや〜俺、俄然ヤル気になってきたぜ!めちゃめちゃ楽しみになってきた!絶対に実現させようぜ!俺達チームでさ!」 直は嬉しそうにガッツポーズを見せた。 ああ…そうだった… 直はどんなことでも楽しくする天才。 それは冬葉も同じ。 二人はそういうところ、兄弟みたいにそっくりなんだ。 僕はそういう二人に何度も救われて来たんだっけ。

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