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Boss #5 side N
デザートも食し、食事会も終わりを告げようかという頃、ボスのスマホから着信音が流れた。ボスは電話に出る非礼を詫び、会話を始めた。
『相変わらず、情報が早いね。』
『黙っていて悪かった。』
『そうなんだ。彼は友人でね。』
『わがまま言ってすまないね。もちろん、今回はこちらで。』
『えっ?良いのかい?重ね重ねすまないね。』
聞こえて来たのはこんな言葉だけで、一体どこの誰と何の話をしているのか、一切分からなかった。
「直生、今日の宿泊先なんだか…」
ボスは通話を切って間もなく、俺にそう言った。
「あっ、別に部屋取れなくても大丈夫です。真のとこ泊めてもらうから。」
そう言ったものの、真が怒ってはいないかとチラリと覗き見れば、真はもうすでに赤面していて、これは後で説教コース確定と覚悟を決めた。
「こらっ!老いぼれにだって、尽くす手はある!真祐、君も部屋を移動するよ。」
「えっ?何故です?」
「何故って、あんな狭い部屋に君一人置いておくなんて、私には出来ないよ。」
「狭い部屋と言ったって、普通のツインルームです。それにせっかく出版社が用意してくれた部屋ですよ。」
「だからね、新刊のプロモーションをする出版社の社主に連絡しておいた。ここのホテルのスイートに移動すると。直生の宿泊先もそこ。いいね?」
「スッ、スイート?」
「何だ!不服か?ならばホテルを変えねばならんが、別の部屋を…」
ボスがスマホを手に取った。
「いやいや、ボス。それはちょっと…」
「何だ?直生?遠慮しているのか?」
「違う!違う!真は仕事で来てるんだから…俺が一緒っていうのは…さすがにやりづらいだろうし…」
「君は何も分かってないな。いいか、直生。これは真祐の話のようで、実は経済の話なのだよ。」
「経済?ホテルの部屋と経済?う〜ん…難しいことは苦手だよ。俺。」
「まぁ、聞きなさい。まずは出版社の経費を考える。真祐の交通費、宿泊費、食事代、これは絶対不可欠な経費だ。それらの他に借りなければならないのは、インタビューのための部屋、対談場所、撮影スタジオだな。それらをまさか、出版社の会議室でってワケにもいかないだろう?どこか借りなければならない。それらの場所全て、岩崎の関連施設で行ったらどうだ?」
「岩崎グループには収益が発生するよね。だけど、出版社は?あんまりメリットを感じないけど。スイートってだけで宿泊費は何倍にもなってそうだし…」
「まだまだ甘いな。真祐をスイートに宿泊する代わりに撮影、対談、インタビュー、それらの場所については、岩崎の施設を無償で提供する。真祐の食事もホテル内であれば基本、宿泊費に含まれる。出版社が持つのは真祐の宿泊費と交通費、あとは、メディア出演の際の車代ぐらいだな。その宿泊費も3割引。これでどうだ?」
「出版社のメリット、めちゃめちゃ出てきたね。でも岩崎グループは?今度は岩崎グループが損しているような…」
「そうかな?例えばとあるインタビューを、真祐が宿泊しているスイートの一室で行ったものとしよう。スイートなんて何部屋もあるし、ホテルによってはバルコニーや和室なんてのもある。とにかく君達のプライベートな空間から隔たれた一室ならどこでも出来る。それを見た真祐のファンの中には、同じ部屋に泊まってみたいと思う人も出て来るかもしれない。そう言う人が何人かいれば、二次的、三次的に収益が発生するのだよ。本当は君達のためならスイートなんぞ無償で提供してやる。だか、それだけでは何も生まれない。出版社もこちらに配慮して言いたいことや、やりたいことが出来なくなる可能性がある。そういうのが一番ダメ。元々無償でと考えていてるのだから、宿泊費から収益を得ようなんぞこちらも考えてはいない。だからこそ、その分、出版社には対価として、間接的にホテルや岩崎の施設の宣伝をしてもらうのさ。しかしながら、このホテルは岩崎の施設ではない。この三者が得をするプランは今回は適用出来ない。だが幸い、ここのホテルのオーナーはゴルフ仲間でね。スイートを破格値で提供してくれたよ。いやぁ〜持つべき者は友、普段から行いは良くしておくべきだね!」
ボスはウインクをして見せた。
真はただただ驚いて、俺は笑いが止まらない。そんな俺に真は怪訝な顔をする。
やっぱり分かってねぇなぁ…真のヤツ。
この人…やっぱりパパの血筋の人だな。いや、パパよりも冬葉に近いかな。
考え方が時に大胆で、周囲を驚かせる。
そっくりじゃない…三人共。
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