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直の役割 #1 side S
二人では到底使い切れない広さのスイートルームに、僕達はまるで互いの体温を確認するかの如く、寄り添うようにソファーに座っていた。つい先程までこの部屋には僕達の他にボスがいて、ボスは冬真の話をしてくれた。生まれる数年前の話から成人するまでの話、兄である正文氏に依頼されて、葉祐の調査に行った時の話、正文氏との関係など。岩崎英輔が祖父、岩崎広行が大伯父であることも衝撃的だったが、この部屋で聞いた話の方が更に衝撃的で、あまりにも悲しくて、僕はもう呼吸をするだけでやっとだった。直の体温と香りだけが唯一の拠り所だった。
「疲れただろう?もう休んだ方が良い。風呂の準備してやるからさ。さっきチラッと覗いたんだけど、ジャグジーだったぜ。さすがスイートだな。」
直はそう言うと、すうっと立ち上がった。
「待って!行かないで!」
直の袖を引っ張ると、彼は静かにまた座った。
「なぁ、真…無理かもしれないけど…今はな〜んにも考えるな。ただただボスの厚意に感謝して、この部屋で寛ぐことだけを考えよう。なっ?」
「でも…」
「あっ、何なら一緒に入る?ジャグジー。リラックス出来るかも〜」
「……」
「おいおい!そんなシケた顔すんなよ!いつもみたいに怒ってくれよ!」
直は僕の額をコツリと軽く指で弾いて、そしてキスをした。
「少しは落ち着いた?まぁ正直、俺も驚いたよ。もちろん衝撃的でもあった。でもさ、よく分からないけど、バラバラだった欠片達が形をなしてきて、自ずと自分の役割も漠然と分かって…今はやり甲斐っていうか、頑張るぞって気持ちの方が強いんだ。」
「直は……強い…僕は…僕…」
「真!よく聞け!今日、ボスから聞いた話はお前にはどうすることも出来ない過去の話なんだよ。お前が引きずる様なことじゃない。お前には今日から親戚が一人増えて、その人はかなり愉快な人で、その上、豪快で大胆。そういうところパパと冬葉にそっくりなおじいさん。たったそれだけのこと。そういう風に考えろ。」
「でも…」
「大丈夫、心配するな。お前には俺がいる。お前は一人じゃないよ。」
直のその言葉は、冷たくなっていた僕の体に体温を与え、息苦しかった呼吸を楽にしてくれた。
そう…僕には直がいる。
「うん…ありがとう……努力してみる。でも…一つだけ教えて。」
「何?」
「さっき話してくれた直の役割って何?」
「パパかさ、時折子供の頃の話をしてくれることがあるだろう?それ聞く度に俺、思ってたんだ。パパってスゲーいいとこの子だったんだろうなって。パパの話はとにかく、ボンボンエピソードてんこ盛りだしさ。それなのに、幸福感とか家族の香りとか温もりとか、そういうの全然感じない。何でなんだろうってずっと思ってた。でも今日、ボスの話を聞いて、それらが全て腑に落ちた。生い立ちや環境、性分や体のこともあるんだろけど、やっぱりパパ自身、自分の存在とか自分の幸せに懐疑的なところがあるんだよ。」
「懐疑的?」
「うん。葉祐さんと出会って、だいぶ緩和されたんだろうけどね。葉祐さんと結婚して、お前と冬葉が生まれて、大切な家族が出来た。大切だからこそなんだろうけど、遠慮してしまう。それに、その遠慮はパパだけじゃなくて、お前達家族もそう。」
「僕達が?」
「葉祐さんは過保護、お前は心配性、冬葉も冬葉であの歳で気を遣う。まぁ、体のことがあるから、そうなっちゃうのは当然なんだろうけど、皆、パパに多かれ少なかれ遠慮している。でも、おかしいだろう?他人じゃないんだぜ?だから、せめて俺だけはパパを巻き込んでいこうかなって思ってる。まあ、その術はその時のパパの体調と相談なんだけどね。まずは手始めに葉祐さんに相談から。」
直はスマホを取り出すと、僕の額にキスをした。それから、お風呂の準備をするのか、バスルームの方へ消えて行った。
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