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A Wonderful Night #2 side H

「会長?会長?」 「えっ?あっ?うん。何だね?」 「『何だね?』ではありません。ぼんやりしないでください。本日のご予定を話しています。」 「ああ、そうだった、そうだった。すまん、すまん。えーっと…10時からは取締役会の会議、その流れで13時半から昼食会。19時からは〇〇建設の創立記念パーティーだったね。」 「ええ。おっしゃる通りです。一応、耳だけは傾けてくださっているのですね。」 「もちろんだよ、ちゃんと聞いてる。しかし、石井君?会社はいつまでこの老体をこき使うつもりなのかね?そろそろ静かな余生を過ごしたいものだよ。」 「社長もご理解を示してくださってます。今しばらくの辛抱です。」 「ゔ〜」 窓の外には見慣れた高層ビル群。まだまだ会社は私を解放してくれそうもない。初めて冬葉と対面したあの日のことを、私は奇跡の夜と呼んだ。あの日…私は心に決めたんだ。会社を退いたら、冬真のそばで暮らそうと。その気持ちを知ってか、この優秀な部下は妻にも数年前に先立たれ、子供達も立派に独立した、独り暮らしの私に最適な物件をあの別荘地から探し出し、購入の手はずまで整えてくれた。いつになったら、あの子…冬真のそばで暮らせるだろうか…そして、あの夜に起こったもう一つの奇跡。あれからひと月、最近の私はそのことばかりを考えている。 もう一つの奇跡…それは直生の告白。 『あのさボス?俺…再来年の3月4日…真の誕生日にアイツと結婚しようかと思ってる。』 『えっ?』 『支えになりたいんだ。今回初めて、アイツの仕事ぶりを近くで見て、強くそう思った。当初よりずいぶん予定が早まっちゃったから、俺みたいな青二才に大事な真をって思うかもしれないけどさ。俺…正直、絶対幸せにしますって断言することは出来ない。だけど、アイツを不安にさせない努力と、創作や執筆に専念出来る環境を作ってやることは約束できる。こんな状態で結婚を許してくれって言うのは、ムシが良い話っていうのは充分わかってる。だから、認めてくれとは言わない。ただ、いつかボスを納得させてみせるよ。この結婚は大正解だったってね。』 直生はその名の通り、何の曇りもない瞳でそう言った。 認めるも納得させるも、私にはそんな権利はないし、何よりも直生がそばにいないとダメなのは真祐の方だろうに… 『私は賛成も反対も言える立場ではないよ。二人がそうしたければそうすれば良いと思う。だがな直生?君はそれで良いのか?君の人生だぞ?今の話だと真のために全てを投げうつようじゃないか?そんなの…』 『本望さ。それに…愛すればこそだよ。』 私の言葉を遮るように直生は言い切った。顔をくしゃくしゃとさせる彼特有の微笑みと自信と覚悟を携えて。 「会長?会長?」 「えっ?」 「もう…呆れますね。また奇跡の夜のことですか?今、大事な話をしていましたよ。」 「えっ、あっ…すまんすまん。」 「バツとしてここでお話を辞める選択をしたいところですが、それでは先方にご迷惑か掛かるので、大人げないことは辞めておきましょう……昨日、直生さんより連絡がありました。」 「直生から?して何と?」 「冬葉さんを連れて上京されるとのこと。会食の申し出でした。日程は会長の都合に合わせるそうです。」 「本当かね!」 「ええ。」 「いや、しかし…妙な話ではないか?」 「何がです?」 「用事があるから上京するのであろう?この日に上京するので、都合が合わないかと問い合わてくるのが普通ではないかね?なのに、日程はこちらに任せるなんて…用事よりも会食がメインのように聞こえるが…」 「会長?あなたという人は、相変わらず、こういうところは目ざといですね。直生さん曰く、ご褒美だそうですよ。」 「ご褒美?」 「老体に鞭打って、日本の社会と経済のために頑張ってくれているご褒美だそうです。それと、今年は例年に比べて冬真さんの調子がすこぶるよろしいそうで、夏休みの予定がなければ、是非、里中家へと提案がございました。布団の手配があるので、決まり次第、早急に連絡をとのことでした……良かったですね。真祐さんのパートナーが優しいお心遣いの出来る方で。きっと幸せにおなりですよ、真祐さん。」 それだけ言うと、この有能な秘書は時間を一分一秒も無駄にはしたくないと言わんばかりに書類に目を通し始めた。 窓の外には相変わらずの高層ビル群。夏はすぐそこまでやって来ている。

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