82 / 132
ライバル出現 #2 side S
ー ひと月前 ー
「先生は良いですよ!ホント!才能あるし、イケメンだし…ああ、何で世の中、こんな不公平ですかね〜」
「野本さん、大丈夫ですか?ちょっと飲み過ぎじゃないですか?」
「いいえ、全然!先生は?飲んでますか?」
「はいはい。頂いています。それに…先生は辞めてくださいよ。僕、あなたより年下ですし…学生ですし…」
「先生は先生です!僕はあなたを尊敬しているんです!担当になれて…どれだけ…嬉し…かった…か……」
全て言い切ったとばかりに、最近、僕の担当に配属されたK出版の野本さんは、カウンターにそのまま顔を埋めた。
「眠ってしまいましたね。」
カウンター越しにいるバーテンダーは、グラスを磨きながら苦笑いをした。
「ええ。お酒があまり得意ではないのかもしれないですね。いやぁしかし…ホテルのバーラウンジにして正解でした。あとは担いで下に降りるだけですし。」
「先生自ら担がれるのですか?」
「ええ……って、あなたは僕をご存知なのですか?」
「もちろん。職業柄、顔には出しませんが、ファンですからね。お見えになった時から、人知れず心が踊っています。」
バーテンダーは小さく、品良く笑って見せた。
「冗談がお上手です。」
「何か差し上げましょうか?そうですね…メニューにはありませんが、温かいほうじ茶なんていかがです?」
「ほうじ茶?珍しいですね?お酒を頂く場所なのに。」
「落ち着くでしょう?こういう場では特に。準備だけはしておくんです。個人的にですけれど。先生の様にお酒があまり得意でないのに、お付き合いで仕方なくという方もいらっしゃいますからね。」
「お気遣いありがとうございます。でも、助かりました。さっきオススメで出してくださったこのカクテル…ノンアルコールですよね?」
「ええ。この仕事、随分と長いことしていますから、見ただけで分かります。得意不得意ぐらいは。」
「へぇ〜すごいですね!でも、あなたの様な方がいらして助かりました。やはりこういう場所は、僕なんかには非常に場違いな感じです。格調高いというか…敷居が高いというか…居心地が何とも…」
「そんなことはありません。ただの社交の場ですよ。先生だって居酒屋ぐらいは行かれるでしょう?大して変わりませんよ。」
「そんなものなのでしょうか?僕はあまり夜は出歩かないですし、行ったとしても、上京した時くらいですかね、仕事で仕方なく。」
「お若いのに。」
「性格なのでしょう…あまり派手なことは好まないんです。家を長いこと空けることも。それに…家には小さい弟と長いこと患っているな父がいるんです。弟の方はともかく…父は常に綱渡りで……って、すみません。初対面の方にこんな話。」
「いいえ。こんな職業相手の初対面だからこそですよ。守秘義務は常に心掛けていますし。さっ、どうぞお召し上がりください。」
目の前に柔らかな湯気と香りが立つほうじ茶が出された。小さい羊羹を添えて。
「えっ?羊羹?バーなのに?」
「そう、羊羹。バーだけど羊羹。ほうじ茶にはベストマッチでしょう?」
バーテンダーはさも当然という顔をした。それが何ともおかしくて、僕は思わず笑ってしまう。
「ありがとうございます。嬉しいです。こういうお気遣い。」
「今、ここで出来る先生へのおもてなしの精一杯。すみません、細やかで。」
「いいえ。最高のおもてなしです。ありがとうございます。僕はこれから、ほうじ茶と羊羹を見る度にあなたを思い出しそうです。もし、差し支えなければお名前を伺っても?」
「赤城と申します。どうぞご贔屓に。」
バーテンダーはとてもきれいなお辞儀をした。
ともだちにシェアしよう!