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ライバル出現 #3 side S

「ご馳走さまでした。とても美味しかったです。確かにベストマッチですね、ほうじ茶と羊羹。このサイズなら手も伸ばしやすいですし、僕もストックしておこうかな。あっ、そっか!このサイズですごく薄く切ってあげれば食べられるかも…あっ、ほうじ茶も少し冷ましてあげればいいのか…」 赤城さんのもてなしを僕は子供の様に無邪気に喜び、堪能した。そして、この喜びを冬真にも分けてあげられないかと考えていた。 「そんなにお悪いんですか?お父様…」 勘の良い赤城さんは、僕の呟きから『長いこと患っている父親』というワードを導き出したようだった。 「あっ、いや…その……」 言葉に詰まる僕を見て、赤城さんはそれ以上、何も尋ねては来なかった。その心遣いが嬉しい反面、こんなにも親切にしてくれる彼に、口をつぐんで良いのだろうかと思い始めていた。そして僕は観念し、口を開く。 「父の病は生まれつきで…医学は進歩しているのに、父の症状は一進一退です。子供の頃から家にいる時間よりも、病院にいる時間の方が長いんです…そんな人ですから、食事もきちんと摂れない日なんてしょっちゅうです。当然、食も細いです。おやつなんて夢のまた夢。たまに調子が良くて、おやつに手が出せる時もあるんですけど…そういう日はとても嬉しそうで…だから…」 そこまで話して、僕はとうとう黙り込んだ。しばらく二人、黙ったままだった。その沈黙を破ったのは、赤城さんの予想に反する問い掛けだった。 「そうでしたか……ねぇ先生?私も少し自分のことを話してもよろしいですか?」 「ええ、もちろん。あっ、でもその前に先生は辞めてください。」 「じゃあ…里中さん。あっ、執筆活動で使用されているお名前はご本名ですか?」 それまで悠然と余裕のある対応を続けていた赤城さんが、この時だけはどうしたものか急に慌て出した。それが何ともおかしくて、僕はくすくす笑い出す。 「ええ、本名ですよ。」 「ああ、良かった……実は…私にも歳の離れた弟がいました。」 「いま…した?」 「ああ、ご心配なく。他界したわけではありません。俗に言う生き別れってやつです。もう20年近く前のことです。」 「一度も会ってないんですか?20年間…」 「ええ。新しいご両親がとても良い人みたいで…元気でいるだろうか、どんな大人になっただろうか、それは常に考えています。でもね、歳のせいでしょうか…その気持ちが更に強くなった頃がありました。そんな時、偶然、一冊の雑誌を手にしました。その中に、新成人数名の子供の頃の写真と現在の写真が掲載されたインタビュー記事がありました。」 「あれ?それって…」 「そう、その新成人の中に先生…いや、失礼。里中さんがいらっしゃいました。そこに掲載されていたあなたの幼少期の写真に、私は釘付けになりました。なぜなら、とてもよく似ていたんです…別れた頃の弟に。」 「えっ?」 「私は今まであなたのお名前は存じ上げていましたが、作品を拝読したことはありませんでした。私は急いで書店に走りました。あなたのことが気になって、デビュー作から読むことにしたんです。感動しました。それから、あなたの作品を読み漁りました。読み終えるごとに感動して、こうして私はあなたのファンになったんです。」 「あっ、ありがとうございます。」 「それから、何かのインタビューであなたがK町にお住まいなのを知りました。ここはお隣のN市ですから、いつかあなたがこのバーラウンジに来るのではないかと淡い期待を持ちました。そして、今日、夢が実現したというわけです。」 「そんな…オーバーてすよ。ところで、弟さんは今、おいくつなんですか?」 「私と15離れているので、23歳ですね。」 「僕より少しお兄さんですね。元気に暮らしていますよ、きっと。今はお兄さんの存在は知らなくても、いつか気が付いて、訪ねてくれるはずです。そうでなかったら…」 「そうでなかったら?」 「僕を弟だと思ってください。」 「あはははは…大胆な方ですね、あなたは。初対面の私にそんなこと…」 「初対面ですが、あなたが親切な方だということは分かります。こんな素敵なおもてなしをして頂きましたから。」 「ありがとうございます。今、薄く切ってきますね、羊羹。是非、お父様へのお土産にお持ち帰りください。それと、お連れの方ですが…どうぞこのままで。」 「いや、しかし…」 「先生が自分を担いで部屋まで運んだと知った方がショックだと思いますよ。大丈夫。こういうお客様は多いんです。数分後にお声掛けすれば、大体皆さん自力でお帰りになります。」 赤城さんはきれいなお辞儀をして、厨房へと消えて行った。

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