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ライバル出現 #7 side N

おかわりの生ビールが差し出され、それを一気に飲み干すと、バーテンダーは少し驚いた様子を見せた。このバーテンダー、ずっと余裕の立ち振る舞いを見せていたから、何だか少し優位に立った気分になった。酒の勢いも借りて、俺はついに意を決してバーテンダーに告げたんだ。 「あなたが真に近づくのは非常に不愉快です。これは宣戦布告です。真は俺のものです。何があっても絶対に渡しませんから!」 「そうですね。」 鼻息荒く言い放つ俺に対して、バーテンダーは静かにそう言った。バーテンダーの対応は、まさに肩透かし。 「勘違いさせてしまい、申し訳ございません。彼にはあなたから、もうここへは来ないようにと伝えてください。」 「へっ?」 「てすが、最後に…最後に一つだけ許して頂けませんか?彼に渡したい物があるのです。それだけ渡したら…」 「もっ、もちろん…そんなことぐらいは。」 「ありがとうございます。早速準備して参ります。」 バーテンダーはこんな時でも、余裕な立ち振る舞い。丁寧なお辞儀をして厨房へ消えた。 真が席に戻ると、バーテンダーは何もなかったかのように振る舞い、カクテルを差し出す。何も知らない真は、それをとても喜び、俺とバーテンダーを交互に紹介し、他愛もない雑談に興じた。真がそのカクテルを飲み干した頃、バーテンダーはホテルの紙袋を差し出した。 「これは?」 「お土産です。お父様に。」 「えっ?いいんですか?」 「ええ。」 「いつもお気遣いありがとうございます。先日頂いた羊羹も大変喜びました。でも…事情を知らない弟が全部食べちゃったんです。僕は喜んで食している父の姿を見ていたものですから、珍しく声を荒げてしまい、兄弟げんかに発展させてしまったんです。食べ物のことでお恥ずかしい限りです。その後、父は発作を起こし、診療所に担ぎ込まれました。迂闊でした。人が争う姿なんて、一番見せてはいけなかったのに…」 「今回は弟さんも充分に楽しめると思います。今、お帰りになれば、お父様と弟さんの食後のデザートになりえます。」 「そうですね。じゃあ、御言葉に甘えて今日は帰ります。後日、二人でお礼に伺います。」 バーテンダーはそれには何も返さず、ただ静かに微笑み、また丁寧に頭を下げた。 店を出てからの真は上機嫌で、かなり饒舌だった。 「真?」 「うん?」 「酔っているのか?」 「まさか!あれはノンアルコールのカクテルだよ。赤城さんはね、お客さんを見ただけで、どんな物を提供すれば良いのか、おおよそ分かるんだって。すごいよね!それに、さっき僕らを帰るように促したでしょう?長居してくれた方が売上に繋がるわけだから、普通ならそんなことしない。表には出さないけど、プロ意識が強くて、瞬時に人に寄り添える人なんだと思う。負担を与えることなくね。僕、尊敬しているの。赤城さんのそういうところ。」 『尊敬しているの。』 真の穏やかな表情と共に、その言葉がぐるぐると頭の中を回る。罪悪感に襲われる。俺は何かひどく勘違いをしているのではないだろうか?あのバーテンダーは俺の気持ちを大切にしてくれたのではないだろうか? 「あのさ、真…」 「うん?」 「あのラウンジでのことなんだけど…」 バーテンダーと交わした言葉をそのまま真に伝えた。それまでの穏やかなものから一変、真の表情は徐々に硬直し、曇ってゆく。 「ひどいっ!」 「ごめん。」 「信じられないっ!」 「本当ごめん…」 「宣戦布告だなんて!」 「本当、本当にごめん。」 「僕のことそんなに信じられない?」 「そうじゃないけど…」 「じゃあ、どうしてなの?何でそんなこと?」 「そっ…それは…」 「そんなんじゃ…そんなんじゃないのに…そんなはずじゃなかったのに…」 真はとうとう膝から崩れ落ちていった。

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