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家族ごっこ #1 side A (Akagi-san)
「赤城君、君に手紙が届いているらしいんだよ。管理センター、帰りに寄ってくれる?」
ある日、ラウンジの支配人からそう告げられた。
「手紙?」
もうすでに身寄りは無く、手紙なんてもらう相手などいない。不審に思いながら受け取った手紙の差出人は、里中葉祐という人だった。名前に記憶はない。しかし、『里中』という姓には覚えがある。真祐君の身内の誰かだろうか。開封することに躊躇いがあった。真祐君と自分の関係に疑念を持ったあの彼…直生君といったかな…彼と何かあったのではないかと考えた。
家族を知らない自分のために、家族ごっこに付き合ってくれた真祐君…元気にしているだろうか…
どうしてもその手紙を開封することが出来ず、悩んだ末、放置することに決めた。
サイドチェストの引き出しに無造作に入れた手紙。考えないようにすればするほど心が痛み、その度に悲しみに満ちた真祐君の表情が脳裏に浮かんだ。
真祐君との家族ごっこは、すぐに終わるはずだった。それで良かった。彼との会話は心の奥で小さな灯が灯ったよう。とても温かかった。柄にもなく、明日が来ることが少しだけ待ち遠しくなった。しかし、真祐君の彼、直生君からすれば何とも虫のいい話だ。彼が怒るのは無理もない。いい歳をして浮ついて、そんなことにも気が付かないなんて…
「滑稽だな…」
必要最低限の物以外、何も置いていないガランとした寒い部屋で、独り言を呟いて自ら嘲笑した。不意に一つの記憶が蘇る。あれは確か…真祐君が2度目の来店をした時だ。あの時の彼は、どこか疲れていた様子だった。
『家族って…何なのかな…』
真祐君はそう小さく呟いた。詳しくは知らない。だが、口ぶりから察するに、彼もまた、複雑な家庭環境で育っていることは理解できた。きちんと聞いてあげるべきなのか、逆に聞かない方が得策なのか迷った。しかし、自分も彼以上に複雑な家庭環境で育っているという自負がある。的確なアドバイスなど到底できるはずもない。自ずと後者を選択した。
『さぁ…』
『えっ、それだけ?酷いな。』
『そうかな。』
『うん。ひどーい!僕の兄さんは意外に冷たいとこあるよね?』
真祐君はそう言って、ケラケラと笑って見せた。この時の自分は、驚きと嬉しさを隠すので精一杯。自分を兄と呼んでくれた彼に心底感謝し、この笑顔が愛おしかった。
今でも耳元でこだまする。
『兄さん』と呼んでくれる彼の声…
日に増し、脳裏に真祐君が浮かぶ機会が増えた。悲しみの色は段々深くなる。それに耐え切れなくなり、手紙を開封することにした。もうすでに手紙を受け取って、2週間ほどが経過していた。
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