90 / 132

家族ごっこ #3 side A (Akagi-san)

当初、落ち会う場所は市内のホテルのラウンジの予定だった。しかし、前日になって急遽連絡が入り、里中さんの自宅に変更になった。理由は真祐君のもう一人の父親、里中さんのパートナーの体調が芳しくないから。病人のいる家を訪ねることは、かなり躊躇した。しかし、時間を開けてしまうことは、真祐君にとって得策ではないと判断し、それを承諾した。翌日、待ち合わせ場所の別荘地前のバス停に到着すると、もうすでに里中さんの姿があった。爽やかな笑顔で出迎えてくれた真祐君の父親は、彼と瓜二つ。年齢を重ねると彼もこうなるだろうと容易に想像出来た。挨拶を交わした後、彼の自宅へと向かう。別荘地内を10分程歩いた場所に彼らの自宅はあった。あまりの広さに驚いたが、ベストセラー作家の暮らす家。まあ、この広さは当たり前なのかもしれない。中に入る促され、リビングに通された。その瞬間、コホンコホンと小さく弱々しい咳が聞こえた。 「どうぞお掛けください。コーヒー淹れますね。その前にちょっとだけ、すみません。」 里中さんはそう謝った後、そのままリビングの隅の方へ進んだ。彼で死角になり、よく見えなかったが、そこにはベッドが置いてあるようだった。リビングにベッド…不自然だとは思ったが、きっと寝室に一人にはしておけない理由があるのだろうと察した。 「ただいま。来てくださったよ。もう心配しなくていい。ちゃんと話するからね。」 里中さんはそう話しかけた。彼の背後に歩み寄り、尋ねる。 「お見舞いの言葉を掛けても?」 「ええ、もちろん!ありがとうございます。」 里中さんが左にずれ、ベッドがよく見えた。横たわっていたのは、透き通るように白く、美しい人だった。その人は布団から弱々しく右手を出した。その手を握ると、驚くほど冷たかった。 「初めまして。赤城和臣と申します。体調が悪い時にお邪魔してすみません。早く元気になってください。」 その人は何も答えなかった。その代わり、俺を見つめては瞬きを繰り返した。そして、ポロポロと涙をこぼした。 「だっ、大丈夫ですか?」 近くにあったティッシュで、そっと涙を拭ってやると、里中さんは恐縮し、謝った。それからその人を抱きかかえ、 「さぁ、少し休もうな。大丈夫。起きた頃には冬真の心配は、限りなく小さくなっているから。声も出せるようになるかもしれないね。」 優しく語りかけるように話すと、その人は里中さんの胸に頭を預けて、ゆっくりと瞳を閉じた。 「少し休ませて来ます。すぐに戻りますから、どうそ、ソファーに掛けてお待ちください。」 里中さんは爽やかな笑顔を残し、リビングから出ていった。 真祐君が話していた『長いこと患っている父親』というのは、ベッドに横たわっていたあの人なのだろう。想像していたよりもかなり儚い印象だ。 『父は常に綱渡りで…』 真祐君の言葉が蘇る。あの美しい父親を見れば、それが決してオーバーではないと分かる。 あの子はずっとこういう環境で育ったのだろうか…

ともだちにシェアしよう!