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天使との遭遇 #2 side A
「かずくん、こっち!こっち!」
小さく温かい手に導かれ、開いたのはリビングから2つ目の扉。先程のリビングの半分程の広さだろうか。それでも相当広い。部屋の一番奥、窓際の右側には大きなデスク、左側にはそれより一回り小さなデスク。2つのデスクが距離をあけ、背中合わせに置いてあった。右側の壁は一面、本棚で占められていて、反して左側には大きな引き戸が数枚。クローゼットか何かだろうか。中央はかなり大きく間を取っていてソファー以外は何もない。少しガランとした印象。ソファーからまた間を取って、入口付近の左半分には、何か大きな作業台の様な物が置いてあった。そこには椅子が3脚、整然と並べられていた。
「そこにすわって。」
冬葉君は作業台にランドセルを置くと、その作業台の一番奥の椅子に掛けるように促した。
「今日は何かな?」
まさに圧巻と言うべき、本がずらっと並べられている本棚。しかし、右隅の一角だけ、他とは対象的に可愛らしい本や教科書がが並べられていた。冬葉君はそこにある書類ケースから紙を一枚取った。
「うわーい!やったー♪ねえ、みてみて!」
その紙を作業台に乗せ、隣に座った。その紙には、算数の問題が羅列してあった。
「ふゆくん、さんすうはとくいなんだ。すぐおわるから、まっててね。」
冬葉君はすぐさま問題を解き始める。
「宿題?」
「ううん。これはしんちゃんが作ってくれたもんだい。まい日、ちがうおべんきょうなんだ。きのうはかんじだった。マジメくんだよね〜しんちゃんは。おとうとのおべんきょうまで作っちゃうんだから。うふふふ。」
「机でやらないの?その勉強。」
2つのデスクに視線を送りながらそう尋ねると、
「あのつくえは、しんちゃんとなおくんのなんだ。大きいつくえはしんちゃんで、小さいつくえはなおくん。このおへやはね、しんちゃんのおしごとのへやで、なおくんのおべんきょうのへやで、とうまパパのアトリエなの。」
「へぇ…そうなんだ…」
すかさず、大きいデスクに視線を戻した。真祐君はあの机で執筆しているのか。彼がこちらを見て微笑む姿が見えた。ちょっと恥ずかしそうに。もちろん幻…
ふと我に返ると、冬葉君はこちらをじっと見つめていた。全てを見透かした様な琥珀色の瞳で。俺はごまかすように慌ただしく言う。
「あっ、いや……えっーと…そう言えば、君のは?君の机は?」
「いらないの。」
「どうして?」
「かずくんもなんだね。パパたちもしんちゃんも、ふゆくんにだけ、つくえがないこと気にしてる。だけど、ふゆくんにはこっちの方がべんりなの。だから、ぜーんぜん、このままでいいのに。何でだろう?」
「便利?」
「こっちの方が、しんちゃんがとなりにすわりやすいでしょ?何にもむずかしいことかんがえないで、すーって。かずくん?ぼくはね、そうやってぼくのお兄ちゃんを守っているんだよ。だからね、かずくんにも、しんちゃんのこと、ぼくといっしょに守って欲しいって思ってる。」
「えっ?」
それまでの可愛らしい口調は一切なくなり、急に大人びた彼は、真剣な顔つきで俺を見つめていた。あの琥珀色の瞳で。
「ぼくのお兄ちゃんはね、とーってもセンサイでフクザツで、どーってもブキヨウ。そんなお兄ちゃんを、かぞくぜんいん、しんぱいしてる。守ってあげなくちゃね、お兄ちゃんもかぞくも。それからかずくんも。だって、それをできるのはぼくだけだし、それがぼくのおしごとだもの。」
冬葉君はそう言うと、それまでの真面目な表情から一転、今度はにっこりと微笑んだ。眩しいほどの笑み。だけど、この笑みや彼の様子をそんな陳腐な言葉で表して良いものかと疑問に感じた。なぜなら、彼の周りだけ、金粉が舞っている様に見えたから。キラキラしている。これも幻…?
言葉は出なかった。その分、頭はどこか冷静で、俺はこんなことを考えていた。
俺を守る?どういうこと?
だけど、今はそれより…
この光景を忘れないように…精一杯焼き付けよう。
目や脳はもちろん…体全体で。
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