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天使との遭遇 #8 side M

里中家を訪れてから1週間。私は今日もEvergreenにいた。 「未華子ちゃんさ…」 閉店後片付けの手を止め、葉祐さんは私を呼んだ。 「はい。」 「何話したの?先週…冬真と。」 「何って?」 「ごめん。別に詮索しようとかそういうのじゃないんだけど…あいつがさ…」 「おじさま…どうかされたんですか?」 全身に力が入る。背中に汗が流れるようなヒヤッとした感覚に陥る。 「…ますます美人になったんだよ…アイツ…」 「はっ?」 一気に脱力。 そうだった…忘れていた。 この人がそばにいる限り、おじさまは大丈夫。絶対。 「また惚気ですか?もう慣れましたけどね。」 わざと冷たく言い放つと、葉祐さんは慌てて弁解する。 「違う!違う!その…何て言うか…体調の波は相変わらずなんだけどさ…ふとした表情だったり、仕草だったりが随分穏やかになった気がするんだよ。よく考えたら、未華子ちゃんがうちに来てくれた日ぐらいからだなぁって思ってさ。だから、何かあったのかなって。」 「あの日ですか?あの日は…確か…」 私はちょっとだけとぼけた振りをする。忘れるワケがない。先週、初めて訪れた里中家。ウサギくんのかわいいティーパーティー、初めて聞いたおじさまのご家族の話と苦しい胸の内… 「ああ、あの日は葉祐さんが来るまで、おじさまのご両親やお祖父様の話を伺いました。」 「えっ?」 「それぐらいですよ。あとはウサギ君、いや冬葉君が淹れたお茶を頂いて、皆で麦チョコ食べたぐらいで…」 「ああ…そう…話したんだ…冬真。そっか…うん。話せたんだ…良かった…うん。良かった、良かった!」 葉祐さんは安心したように笑って、感慨深そうに『良かった』を繰り返した。私は片付けの手を再び動かし、先週のことをぼんやり思い出していた。 おじさまは戸惑っていた。 父親、母親、家族…おじさまにとっては実体のないもの。だけど、時を経てその実体のないものになってしまった自分。不安で仕方ないんだろうな… 「別に親が何たるかなんて知らなくても良いんじゃないかなと思いますけど…私は。」 「えっ?」 かつて葉祐さんが言った『冬真の驚いた顔はかわいい』が頭を過る。確かに、ちょっとあどけなさが残る感じ。 「私、親になったことがないので、偉そうなこと言えませんけど…親も子も人でしょ?だったら、人として向き合えば良いだけの話じゃありません?」 「……」 「それに、おじさまは立派なお父さんですよ。」 「どうして?」 「どうしてって、もぉ!おじさま、もっと自信持って!真祐さんもウサギくんも笑顔が素敵な、礼儀正しい、優しい人じゃないの!それだけでも素敵なことじゃないですか?」 「でも…それは葉祐が…」 「いやいや!真祐さんを見ていれば分かります。真祐さんとおじさまは血縁関係ではないかもしれないけれど、確実におじさまの血を引いてるというか、影響を受けてますよ。葉祐お父さん一人だったら、真祐さんが今の真祐さんになったかどうか…あー良かった!おじさまが真祐さんのお父さんで!日本の才能、日本の宝、女子の希望が守られました!」 「うふふふ…未華子さんは相変わらず…手厳しいね…葉祐には。」 「そこは真祐師匠直伝ですからね。」 「僕の旦那さま…散々な言われようだね…うふふふふ…」 「だから、おじさまは自信持って良いんです!それでもまた悩んだり、悲しくなったりしたら、また皆でティーパーティーしましょ♪その時はチョコレートたーくさん持って来ますね!ウサギ君があんな風に喜ぶように。」 視線をダイニングの方へ移すと、ウサギ君はスプーンを口に運んでいた。余程、麦チョコがお気に召したのだろう。一口ごとに両頬に手を当てて、ずっとニコニコしている。とにかくかわいい♪ずっと見ていられる。その姿におじさまもクスリと笑う。 「ありがとう…未華子さん…本当に…」 おじさまの目の端が輝いた。 でも、それは…見なかったことにしよう。

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