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消えた葉祐 #1 side M

嫌な予感がした。 その留守電は…とにかく嫌な予感しかしなかった。 『もしもし…葉祐です…未華子ちゃん…突然で申し訳ないんだけど…しばらく…店を休もうかと思うんだ。だから…今週の土日はお休みでお願いします…もちろん…給料は払います…ホントごめん…それから……ビィー』 『それから…』 何を言おうとしてたの… そんなに暗い声ではなかったと思う。でも、理由も告げず、しかも、無計画に店を休んだり、何度も折り返しているのにも関わらず、何の音沙汰もなかったり、更にメールアプリの既読すら付かなかったり、とにかく何もかもが葉祐さんらしくない。 おじさまが更に美しくなったと惚気けていたばかりなのに…一体どうしちゃったの?葉祐さん… その連絡から2日。居ても立ってもいられない私は、何のアポもないまま里中家へ向かった。 平日の別荘地行きのバスは、かなり閑散としていた。乗客は私の他に男の人が一人。バスが別荘地のロータリーに差し掛かると、右手にEvergreenが見えた。私は窓にへばりつくようにしてEvergreenを見つめる。メニューボードも出てないし、どこにも灯りがなくて、人の気配は全く感じられない。 バスが停車すると、一目散に別荘地の管理事務所へ向かった。背後に人の気配を感じ、振り返れば、少し後ろに男の人がいた。記憶は曖昧だが、おそらく同じバスに乗り合わせた人だろう。髭がよく似合うワイルド系イケメン。その人は私と目が合うと、小さく会釈をした。私も同じように小さく返す。管理事務所に到着すると、窓越しに中の様子を伺った。巡回中なのか、中には誰もいない。 「誰もいませんね。」 いつの間にか、あの男の人が隣に立っていた。 「ええ。」 二人でそうしてしばらく中を眺めていると、奥から人が出てきた。真鍋さんだ。真鍋さんはこの別荘地にもう40年以上勤務しているベテランで、子供の頃からおじさまを知る人物。里中家の人々にとって、家族の様な存在だと葉祐さんは教えてくれたっけ。 「あ〜良かった〜真鍋さんがいた!」 「真鍋さんがいれば、どうにかなりそうだ。」 私の声と同時に発せられたテノール。彼は小さく微笑むと、すかさず扉を開け、私に先に入るように促した。あまりにも自然なレディーファースト。葉祐さんのことがなければ、ぼーっとしてしまいそう。私はお辞儀をし、先に管理事務所に入った。 「やぁ!」 真鍋さんはいつもと変わりなく、あの観音さまの様な微笑みで私と彼を出迎えた。交互に見つめながら。 「お二人とも来るだろうなとは思っていたけど…まさか一緒にとは。いやはや。」 「真鍋さん!葉祐さんと…葉祐さんと全然連絡が取れないんです!電話も繋がらないし、メールアプリも既読が付かなくて…私…心配で心配で…」 「葉祐さんもですが、冬真さんと冬葉はどうしているのでしょう?真鍋さん、何かご存知ありませんか?こんな言い方は大変失礼かもしれませんが…葉祐さんがいなければ、二人が通常の生活を送るのはかなり困難なのでは…」 まくし立てるように話す私とは正反対に、彼はゆっくりと静かに話す。 「そうですよ!どんなにしっかりしていても、ウサギ君はまだ小学生です!大丈夫なんでしょうか?」 「ウ…ウサギ…君?」 誰のこと?と言わんばかりの表情で、彼は私を見つめた。 「冬葉君のことですよ!ワイルドさん!」 「ワ…ワイルド…さん?」 密かにさっきつけたあだ名を、うっかり口にしてしまった。マズい…非常にマズい。ただ同じバスに乗り合わせただけの、知らない人にあだ名なんて…どう弁解しよう…もじもじとする私に、真鍋さんが救いの手を差し延べてくれた。 「まぁまあ、二人とも落ち着いて。大丈夫!心配ご無用ですよ。冬葉君は毎年、この季節は市内の知人の方の家で過ごします。こちらにいては、お友達と遊ぶのも一苦労ですし、学校のプールなんかもありますしね。そうですね…冬真さんに会われてはいかがです?ちょっと体調を崩されていますけど、お会い出来ると思いますよ。連絡してみますね。」 「「体調を崩している?」」 再びあのテノールと私の声が重なった。初めておじさまにお会いした日のことや、真祐さんから伺った話が脳裏を過る。目の前が真っ暗になった。そんな私のことを知ってか知らずか、ワイルドさんは私の肩をポンポンと2回優しく叩く。 「ああ…すみません…」 やっと口を開くと、ワイルドさんはまた小さく微笑んで首を横に振った。そして私が今一番知りたいことを的確に尋ねてくれる。 「病院へは行ったのでしょうか?」 「大丈夫。おそらくあの様子だと、病院へ行くほどのことはないでしょう。とにかく連絡してみましょう。お二人がいらっしゃることがあったら、すぐに連絡をするように言付かっているし。」 真鍋さんがどこかへ電話を掛けると、私は隣のワイルドさんに小声で尋ねた。 「あの……」 「はい。」 「電話の相手って……葉祐さん…でしょうか……」 「さぁ…でも、違うと思います。」 「どうして?」 「それは…」 ワイルドさんが何か言おうとした時、真鍋さんが『もしもし』と声を上げた。

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