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消えた葉祐 #2 side M
冬真おじさまがいるというその場所まで、真鍋さんは車で送ると言ってくれた。しかし、私とワイルドさんはそれを丁寧に固辞した。
『大丈夫?結構遠いですよ。おそらく別荘地の中でも一番奥地にあるお宅だから。』
真鍋さんは最後までそう言ってくれたが、私の『常連の皆さんがどんな場所にお住まいなのか、ちょっと見てみたいんです。』という言葉が決め手になって、二人で徒歩で行くことになった。私とワイルドさんは真鍋さんと別れ、別荘地内をトボトボと歩き出した。
「すみません。何か付き合わせてしまって…」
「いいえ。この辺は空気がきれいですから、こうして歩くのはとても清々しいてす。ちょっとした散策といったところでしょうか。私の方こそすみません。こんなおじさんと二人…嫌でしょう?」
「そんな。あの…私、矢島未華子と申します。葉祐さんのお店でアルバイトをしています。さっきも言った通り、葉祐さんが店を突然休みにするって言ったっきり、連絡か取れなくなってしまって…心配で心配で…」
「らしくないですよね…ああ、私は赤城和臣。市内のホテルでバーテンダーをしています。」
「赤城さんはお友達?葉祐さんの。」
「うん…まぁ、そんなとこですね。」
「赤城さんはどうしてここへ来たんですか?」
「君と一緒。急に連絡が取れなくなってね。冬葉が時々うちに泊まりに来たりするから、色々予定が聞きたかったんだけど…」
「えっ?ウサギ君が?」
「ウサギ…君?」
「ああ、ごめんなさい。」
ウサギ君がウサギ君となった所以、初めて里中家を訪れた時のことを話した。
「ああ、じゃあ…あのティーセットは正解だったんだ。」
「あれって赤城さんからのプレゼントだったんですか?」
「まぁね。」
「とても喜んでましたよ!ウサギ君。冬真おじさまも、そんなウサギ君をみて、とても嬉しそうで…それなのに…どうしてこんなことになっちゃったんだろう…おじさま…大丈夫なんでしょうか?声が出せないって…」
「俺が初めて会った時も冬真さん、声が出せなかったんだ。葉祐さんの話だと割に多いみたいだね。」
「繊細な方ですものね…体も心も…」
そんなおじさまを放って、葉祐さんはどこへ行ったんだろう…『あまり葉祐をいじめないで』そう言って遠慮がちに小さく微笑むおじさまが脳裏を過る。ワイルドさんと里中家の皆さんの関係性はイマイチ分からないけれど、ワイルドさんもきっとおじさまのことを考えているに違いない。しばらく二人、沈黙の中を歩いた。5分ほどそうしただろうか…
「声のこと以外は普段と変わらないって言ってたし、笑顔も見せるって真鍋さん言ってたよね?なら、大丈夫じゃないかな。冬真さんはいつも通り暮らせているよ…きっと。葉祐さんのことだって、冬真さんに会えば何か分かるだろうし。元気出して、矢島さん。」
すっかりしょげている私を、ワイルドさんが励ます。
「赤城さん…」
「うん?」
「赤城さんって…モテるでしょう?」
「えっ?」
ワイルドさんの頬がどんどん朱に染まっていく。ああ、意外に照れ屋さんなんだなぁ…
「いや…全然。」
「嘘っぽいですよ。」
「いやいや、ホント。」
「まぁ、そういうことにしておきます。」
「まったく……大人をからかうなんて。でも…ありがとう。ちょっとホッとした。俺もそんな風に見えるのかと。俺…そういう部分…ごっそり抜けちゃってるから…」
ワイルドさんは少し寂しそうにも、安堵したようにも見える複雑な表情をしていた。ワイルドさんの言う『そういう部分』がかなり気になったが、初対面の人に根掘り葉掘り聞くのもいかがなものかと、話題を変えた。ワイルドさんは常に寂しげな印象のある物静かな人で、いわゆる聞き上手。こちらの質問には丁寧に答えてくれるけど、自分からはあまり話さない。それでも、音楽と映画、本の話の時は少しだけ饒舌になった。
「後で赤城さんのおすすめメモしたいんで、もう一回教えてもらえます?」
「えっ?」
ワイルドさんは再び驚きの表情を見せた。
「そんなに驚くこと?」
「ああ…いや…別に…ごめん…」
何かマズいことを言ったんだろうか?ワイルドさんはすっかり黙り込んでしまった。心の中でマズいことを言ってないか模索しながら目指す家の番号を探す。真鍋さんがくれた地図通り、他の家から少し離れた場所にその家はあった。
「あっ、ありましたよ!区画番号101!」
「うん。どれどれ…うん、表札も合ってるね。『藤原さん』。」
「どんな人なんでしょう?藤原さん。」
「さぁ…でもこれを押せば自ずと分かるはず。」
赤城さんは呼び鈴を押す。私の心臓の鼓動はとても早くなり、一層激しさを増していく。
一体どんな人なんだろう…藤原さん…
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