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消えた葉祐 #4 side A

「私…今日ほど女であることを後悔した日はないです!ワイルドさん!」 「そう言わないで。」 「だって…」 助手席に座る矢島さんは、頬を膨らませながら悔しそうというより、悲しげにそう言った。 「何かあったら知らせる。約束するよ。」 「絶対ですよ!あーあ…私が男だったらなぁ…ワイルドさんと一緒に藤原さんちに泊めてもらえたのに。」 「仕事で手が離せない藤原さんに代わって、冬真さんの身の回りの世話をするだけだよ?」 「それでも、冬真さんに会えるじゃないですか!」 「そうだけど…でもその代わり、冬真さんの寝顔をちらっと見せてもらったでしょ?内緒で。」 「だって…そうでもしないと安心出来なかったんてすもの。それに、ワイルドさんだって見たかったでしょ?」 「まぁ…ね。」 「でも…ちょっと安心しました…穏やかな寝顔で。葉祐さんが突然いなくなって、途方に暮れているんじゃないかと心配だったんですけど…藤原さんのおかげなんですね。ああして穏やかな顔で葉祐さんの帰りを待つことが出来るのは。不安にさせないように、細心の注意をはらってくれているんだわ。良かった〜藤原さんが冬真さんのことをちゃんと理解してくれて。」 「前に真祐君から聞いたことがあるんだ。『僕には父親と呼ぶべき人が3人いる』って。」 「葉祐さんと冬真さんと…藤原さん…ですね。」 「多分。」 「ご親戚なのかしら?」 「さぁ…そこまでは聞いてないけど…何にせよ、俺達が踏み込んで良い領域でないことは間違いないよ。」 「そうですね。それより…ワイルドさん!めちゃめちゃ可愛かったですね。冬真さんの寝顔。」 「うん。」 「ウサギくん、そっくり。」 「ああ。」 「というか、冬真さんは可愛いの渋滞が過ぎるんですよ!」 「何?それ?」 「端的に言えば、存在自体が可愛すぎるってことです!」 「今どきの子はそんな風に言うんだ。」 「今どきの子って…ワイルドさんはオジサンが過ぎますよ!」 「オジサンなのは事実だから。下手すりゃ、君と並んで立ってたら、親子に間違えられてもおかしくないし…」 「ワイルドさん…一体いくつなんですか?いくらなんでも、親子は自虐が過ぎますよ。」 「38 。」 「えっ?」 「歳。」 「うそ?」 「ほんと。」 「ワイルドさん…一体どんな食生活してるんですか?」 「何故?」 「全然見えない!本も出せますよ!アンチエイジング本。」 「本ね……」 「ワイルドさんといい、冬真さんといい、里中家の周囲には年齢不詳の人がいっぱい。」 「冬真さんは年齢不詳じゃなくて妖精なんでしょう?ああ…人間と妖精のハーフだっけ?」 「えっ?何故…それを?」 「真祐君。」 「もぉ!真祐さんたら!ひどーい!」 「喜んでいたよ。そんな風に言ってもらえるなんて嬉しいって。」 それからの矢島さんは『もぉー!』だけをひたすら繰り返した。そんな彼女を横目に、俺は藤原さんのことを考えていた。矢島さんが離席した際に、彼が発した言葉を。 『赤城君…大変恐縮なのだが、今日の夕飯はここで摂ってはもらえないだろうか?帰りは車で送る。大事な話があるんだ。その話を君にすることは、葉祐の希望でもある。彼は君と矢島さんにその話をして欲しいと言った。だが、俺の勝手な判断だが、彼女にはしない方が良いような気がする。それが結果、冬真のためになると思うんだ。彼女には何と伝えるかな。とにかく彼女は俺が車で自宅まで送ろう。』 それに対し、俺の口は『今晩ここに泊めてはくれないか』と言っていた。自分でも余りの図々しさに驚いた。しかし、これが矢島さんを自然に遠ざけるペストな方法なのだ。その具体的な方法を提案すると、藤原さんはクールな表情を少しだけ崩して言った。 「君の好きにすれば良い。俺は君に従おう。それと…ここでは遠慮は無用だ。それと俺に対する気遣いも不要。そんなことするぐらいなら、冬真に笑顔のひとつでも見せてやってくれ。」

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