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冬真の選択 #1 side A
突如始まった男三人の共同生活は、思いの外、冬真さんに影響を及ぼした。自発的に何か行動をするということはほとんどなかったが、俺の問いかけにはきちんと応えるようになり、それをきっかけに、ぽつりぽつりと何か話を始めるということが徐々に増えた。それは冬真さんがこちらに意識を向けている証拠で、誰かに何かを話したいという意思表示は、かなり稀なことだと教えてもらった。
「きっと和臣だからこそなんだろうな。」
藤原さんは言った。
「どういうことですか?」
「真にとって君がオアシスだったように、冬真もまた同じなんだろう。あの二人はよく似ているからな。」
この時初めて、藤原さんは俺を呼び捨てにした。こんな他愛もないことが何故か嬉しくて、何故かドキドキした。俺もこの時、初めて『藤原さん』から『俊さん』と呼び方を変えた。俊さんはちょっと驚いた表情をし、それから少し頬を歪ませ、トントンと俺の肩を2回軽く叩いた。そんな些細な姿すらも、やっぱりとても絵になった。
それから数日後の夜、葉祐さんが冬真さんを迎えにやって来た。少しやつれた葉祐さんは俺を見て、
「ああ…やっぱり…ありがとう…」
と言って力なく笑った。冬真さんは葉祐さんと共に自宅に戻り、この共同生活も終わりを迎えるのかと考えていたが、冬真さんは意外なことを口にした。
「もうしばらく…ここに…いたい…ごめん…」
冬真さんの選択に葉祐さんは動揺を隠せず、
「ああ…そうか…そうだね…うん…分かった。気が済んだら…帰っておいで。俊介さん…よろしく…」
そう言って、ふらふらと藤原家を辞した。
「冬真を頼む。明日には戻る。」
俊さんはその言葉を残し、上着も着ず、慌てて葉祐さんの後を追った。静まり返った玄関で、俺と冬真さんは二人、立ち尽くす。
「和くん……和くん…僕……僕…」
自分の大胆な行動に冬真さんもまた、動揺を隠せずにいるようだった。俺は堪らず冬真さんを腕の中に収めた。
「大丈夫ですよ。俊さんが行ったのですから。それに…葉祐さんにも冬真さんの痛みを少し分かってもらいましょう。」
「痛み…?」
「理由も分からず、他人の家に預けられるんですよ?誰だって傷つくに決まってるじゃないですか?」
「………」
「とにかくここは俊さんに任せましょう!戻りは明日と仰っていましたから、今日は二人で酒でも飲むのかもしれないですね。だったら、こちらも何かしましょうか?そうですね…冬真さんのしたいことをしましょう。」
「したい…こと…?」
「ええ、したいこと。何でも良いですよ。何がしたいですか?」
冬真さんはそこからしばらく黙り込んだ。玄関の寒さが冬真さんの体に堪えはしないかと気になりだした頃、冬真さんは本当に本当に小さい、絞り出すような声で言った。
「少しだけでいいから…そばにいて…それから…少し…お話がしたい……」
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