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冬真の選択 #2 side A
二人並んでリビングのソファーに座ると、冬真さんは繋がれた手を更にぎゅっと握った。冬真さんの精一杯の意思表示。しかし、それはあまりにも冷たく弱々しい。
「今日は冬真さんのそばにずっといますよ。」
冬真さんは少しホッとしたように小さく息を吐いた。
「そうだ!ココアでも淹れましょうか?」
「ココ…ア…?」
「ええ、ココア。お好きですか?」
「ごめんなさい…分からない…」
「えっ?ココアですよ?普通の。」
「そういうのは…子供の頃から…あまり飲ませてもらえなくて…熱いし…食事に響いてしまうから…」
「皆さん、いけませんね。ココアの美味しさをお教えしないなんて、かなり損していますよ。冬真さん。」
率直な感想だった。顔は笑っているけれど、内心腹が立っていた。ココアだそ?何でもないそこら辺りで売ってる普通のココア。何でそんなことすらもさせてもらえないんだ!皆で寄ってたかって冬真さんを籠の中にでも閉じ込めるつもりなのか?いや、ダメだ。火傷やそれに近いリスクを回避させるためなのかもしれない。感情に流されず、思慮深く立ち回れねば…この人が悲しい思いをするだけだ。理由は後日、真祐君に尋ねればいい。
「でも…」
冬真さんは伏し目がちに躊躇いを見せる。
「あちらは酒ですよ?我々もきっちり楽しみましょう!」
普段よりテンション高く振る舞うと、冬真さんはクスクスと笑い出した。その笑顔は冬葉にそっくりで、何だかひどく安心し、怒りの感情はどこかへ消えていった。人肌ほどに温めたホットミルクで淹れた若干ぬる目のココア。冬真さんは恐る恐る口に含むと、キラキラとした瞳を俺にぶつけた。その顔も冬葉そっくり。
「美味しいですか?」
「うん…とても。冬葉が喜びそう…」
「さすがお父さんですね。うちに泊まるときは、必ずご褒美で出すんです。するとね、面白いんですよ。早く飲みたくて何でも全力投球!宿題も手伝いも。」
「うふふふ…可愛い……あっ、ごめん…親バカだった…」
冬真さんは恥ずかしそうにココアに視線を移してから、小さく微笑んだ。あまりの美しさに息を飲んだ。それからしばらく沈黙が続いた。きっと、さっき言っていた話したいことをどう切り出そうか考えているのだろう。そしてやっと重たそうに口を開く。
「心配だった…葉祐のこと…ずっと…」
「ええ。」
「一緒に…帰るべきだったかも…しれない…でも……」
冬真さんはそれっきり何も言わなくなった。ただただ沈黙が続く。仕方がないので、冬真さんの気持ちが軽くなるまでと、他の話に切り替えた。
「あっ、そうだ!冬真さん。俊さんとはどうやって知り合われたのですか?昔からの友達なんですよね?俊さん、教えてくれないんですよ!只でさえ口数少ないのに、自分のこととなるともっと。」
「ああ…それはね…葉祐のためだよ…きっと。」
「葉祐さんの?」
「うん。それを話すとね…葉祐を傷付けちゃうの。だから…ごめんね…僕も言えない…でもね、俊ってクールに見えるけど…とても愛情深いん人なんだ…」
「ええ、ここ数日のお付き合いですが、よく分かります。ホント何から何まで格好良いですよね。」
「うん……そんな俊が今までずっと一人…きっと…僕のせい…」
「えっ?」
「ここへ来る、来なくちゃならない理由を…何となくだけど僕は知っている…そんな僕に…俊は振り回されているんだよ…もう何十年も…ずっと…」
「………」
「もうそんな生活から…解放してあげたいって思う反面…俊がいなくなることは考えられない…怖い…本当に。多分、葉祐も同じ。ここに来る度に…僕はそんなことばかり考えるんだ…だけどね…今回は違うの…」
「違う?何がですか?」
「分からない…だけど…何かが違う…何かが変化しているのは分かる。それが何なのかもう少し見極めたい…だから…」
「だから、ここにいることを選択したんですね?」
「うん…今、分かっていることは…ここでの生活の中で…今回が一番…気が楽かも。」
冬真さんは少し恥ずかしそうに笑う。
可愛い…ひたすら可愛い。
そして、冬真さんは全然分かっていない。
俊さんの気持ち…
ここ数日の二人を見ていて気が付いた俊さんの気持ち…
一生懸命隠しているけれど、時折こぼれてしまう俊さんの気持ち…
「解決できると良いですね。今のまま家に帰っても気になって仕方がなくなって、葉祐さんにも失礼になる可能性もありますし、冬真さんの選択は正しいと思いますよ。俺もね、もう少しここにいさせてもらえるようにお願いするつもりなんです。」
「和くんは…どうして?」
「昨日、俊さんの作品見せて頂いたんです。感動しました。美しくて、細部までこだわった手仕事に。あんなに素晴らしいものを生み出せる俊さんには、製作に集中して欲しいって思いました。だからそれ以外のことを少し手伝わせてもらえないかなって。家事だけじゃなくて。まぁ、俺もこの三人の共同生活が楽しくて仕方がないんですけれどね。」
苦笑いの俺の手を、冬真さんはまた弱々しく握る。
「和くんも変わったね…」
「そうですか?」
「うん。知り合った頃とは全然違う…」
「そうかな…?」
「うん。そうだよ…」
冬真さんはその手を解いて、ココアを口に含んだ。美味しいと小さく呟いて、鼻歌を歌い出した。
ああ、これ聴いたことある…クラシックは間違いないんだけどなぁ…何だったっけ?
頭の中でクラシックのタイトルを模索する。幸せな気分に浸りながら。
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