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和臣の選択 #2 side K

朝帰りした日から4日、俊さんの生活スタイルに変化が起きた。クライアントとの打ち合わせ、大きな商談などがいくつも続き、急遽、東京へ向かわなくてはならなくなった。長期滞在になりそうだ、後は頼むと連絡があったのはその翌日で、楽しかった三人の共同生活は呆気なく終わりを告げた。2か月前のたった数日の出来事。だが、俺にとっては忘れ難い思い出。 (現在) 風呂上がりの普段とは違う色気を放ちながら、朝食を食べ終えた俊さんはキッチンへ食器を運ぶ。 「ごちそうさま。ありがとう。美味かったよ。」 「お粗末様でした。今、お茶淹れますね。」 「和?」 「はい。」 「少し話をしよう。君のタイミングで良いから座ってくれないか?」 隣で俊さんは言った。 「分かりました。」 焙じ茶を二人分淹れ、彼の前に座る。俊さんは聞きたいことはたった一つ。きっと… 「冬真のこと…なんだが…」 ほら…やっぱり… 「お帰りになったのは、俊さんがこの家を離れて4日後でした。葉祐さんのお迎えがあったのではなく、ご自身の意思でしたので、私がご自宅までお送りしましたが…」 「そうか、ありがとう。色々世話になったな。」 「俊さんが上京されて少し寂しそうでしたが、領収証の整理がやり甲斐になったみたいですね。とても楽しそうでした。来月もいらっしゃるそうですよ。」 「ふっ…」 俊さんは小さく笑う。 ああ、嬉しそうに笑っちゃって。 「良かったですね。ここへ来る別の理由が見つかったみたいで。」 「そうだと良いけどな。まぁ、何にせよ君のおかげさ。それから…あの話はどうなった?」 「あの話とは?」 「真鍋さんの。」 「ああ…あれですね。お受けすることにしました。」 管理事務所の真鍋氏から話を持ち掛けられたのは、俊さんが初めて仕事帰りに迎えに来てくれた日だ。真鍋氏の話は、近々、ゲストルームの1階を改装して、居住者及びそのゲストのための小さなカウンターバーを作ることになり、そこを俺に任せたいというものだった。提示された条件は、俺にはもったいないくらいの好条件だったが、訳あって一旦保留にした。その訳以外の話を車中、俊さんに話していた。 「良いのか?弟さんのこと。」 驚いた。この素晴らしい話を保留にした最大の理由を、誰にも話してもいないのにズバリ当てられた。居住者とゲスト専用ということは、一般客がふらりと来ることはほぼないに等しい。すなわち、弟と再会する可能性もほぼ無くなるということだ。弟のことは諦めてはいる。しかし、心のどこかで『もしかしたら…』という気持ちを完全に捨てきれてはいない。 「弟のことは…気にならないと言えば嘘になります。会いたいという気持ちも多少なりともあります。ですが、私の存在など知らずに育ち、幸せに暮らしているかもしれません。それならそれで良いと思っています。彼の幸せを壊してまで会いたいとは思いません。それよりも、新しく築いた家族のような関係を大切にしたいと思ったんです。彼らのそばで。」 「その気持ちよく分かるよ。俺もそうだったしな。とにかく和が決めたことだ。その選択は間違ってはいないはずさ。」 「ありがとうございます。来週から打ち合わせに入ります。徐々に打ち合わせも頻繁になりそうてすので、来週にでも原付を買おうと考えています。時間を気にせず移動できますしね。」 「なぁ、和?」 「はい。」 「君に預けた鍵…返さず君がずっと持っていろ。」 「えっ?」 「夏は良いとして、冬はどうする?雪が続く日もある。そうなったらどうする?市内からでも原付での通いはなかなか大変だぞ?」 「あっ…」 「まぁ、始まってみないと分からないだろうが、この先色々不都合も出てくるかもしれん。そんな時、ここに泊まれば良いさ。俺一人しかいない家だ。遠慮することはない。その時のために鍵を持っていろ。君が使っていた部屋もそのままにしておく。」 かなり有り難い申し出だ。これはすぐにイエスと答えるべき。だけど、どうしても言葉が出て来ない。なぜか心がチクリと痛む。 「まぁ、君にとって迷惑な話だったら、無理には勧めないがな。」 そう言って、俊さんは窓の外の景色に視線を移した。その横顔を俺はしばらく見ていた。余りにも整い過ぎて…笑ってしまいそうだ。そして、やっと言葉を紡ぎ出す。 「俊さん?」 「うん?」 「キーホルダー付けても良いですか?この鍵…」

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