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和臣の選択 #4 side S
久々にお茶でもしようと、駅前のカフェに和さんを誘い出した。向かいの席に座る和さんは、以前と印象ががらりと変わっていた。柔らかい物腰と丁寧な話しぶりは相変わらずなのだけれど、彼特有の憂いというか、生をギリギリところで保っている様な危険な香りはあまり感じられなくなっていた。僕はそれにとても安堵し、そして嬉しかった。そんな僕の様子を見ていた和さんが言う。
「何か···いいことありました?」
「何で?」
「嬉しそうだから。」
「そうかな?別にこれといってないかな。あっ、それより、和さんごめんなさい。」
「何のこと?」
「葉祐。またトンチンカンな嫉妬で色んな人に迷惑掛けたみたいで···和さんも巻き込まれたって聞いたから···」
「ああ、そんなこと···全然。」
「ホント、葉祐は冬真のこととなると周りが見えなくなるというか···暴走しがちというか···ホント呆れちゃうよ。」
「そうかな?それだけ一人の人を愛せるのってスゴいことだと俺は思うけど。」
「そう言ってもらえるとかなり楽になります。」
「それは良かった。俺はむしろ感謝してるぐらいで···」
「感謝?」
「あの数日間がなかったら今の俺はないもの。」
「オープンまであとひと月ほどですね、和さんのバー。」
「雇われだけどね。」
「でも、自由にやらせてもらえるんでしょう?」
「そうだね。」
「最初聞いた時は驚いた。あまりに展開が早くて。ホテルもスパッと辞めちゃうし。引き留められたんじゃないの?」
「まぁね。人生って分からないものだよね。」
「どうするの?これから。今は俊介さんちにいるのでしょう?」
「情報早いてすね。ひとまず、原付買って、それで通って、オープンまでは貯金を崩して繋いでって思っていたんだけど···俊さんが部屋を使っても良いって言ってくれて···どうせ一人だから遠慮はするなって。」
「そうなんだ。」
「でも、それに甘えるのもどうかと思って、家賃を渡したいって言ったんだ。でも、いつか家を買うときのためにとっておけって。一人の方が良くなるかもしれないからって。俊さんはそうかもしれないけれど···俺はないかな。」
「なぜ?」
「君たち家族も近くにいるし、それに、あの家には俊さんという職人がいる。美しい物があって、それを紡げる才能や技を真近で見られるんだよ?俺的には得しかないよ。」
「和さんも職人だもんね。紡ぎ出す物は違えど、職人同士切磋琢磨して、新しい何かが生まれるかもしれない···その気持ち、僕にも分かる。でもさ、本当にいらないんだと思うよ。お金とかそういうの。」
「そうかな。」
「とにかく、昔から嘘がない人だからさ、俊介さんって。」
和さんはしばらく沈黙した。その沈黙の理由は僕にも理解出来る。和さんは知っているんだ。俊介さんがずっとつき続けてるたった一つの嘘を。
「えーっと····あの······」
「あははは。ごめん。『そうだね』つて言えば良かったね。君も知っているんだ。」
「うん。付き合い長いし···」
「そっか···でも、俺さ···その嘘も丸ごと受け入れようかなって思ってて···」
「えっ?」
「やっと気が付いたんだ···自分の気持ちに。一生懸命隠している想いも、嘘も、全部引っくるめてあの人なワケじゃない?だったら、そういうのも全部大切にしてあげようって思ってさ。」
「言うの?本人に···」
「まさか!言ったところで、どうしようもないでしょう?本人困らせるだけだし···」
「でも、それじゃ和さんが···」
「心配してくれるの?」
「当たり前でしょう!」
「あははは。ありがとう、真祐君。本人にはもちろん、この先誰にも話すつもりはないよ。君だけが知っていてくれれば良い。誰か一人ぐらいには知っていてもらわないと悲しいじゃない?ああ、でも、聞かされた方は複雑か?」
「僕は大丈夫。でも···本当にそれで良いの?」
「もちろん!あっ、小説のネタにしても良いけど、するならこう···誰にも元ネタ、バレない様にしてよね。」
和さんはちょっと寂しそうな、それでも見たこともないぐらい、少年のような笑顔を見せたんだ。
和さんと別れた後、一人、ホテルへの帰途へ着く。俊介さんも和さんも恋をしている。
報われることのない恋···誰にも言えない恋···
苦しくて···切なくて···心が押し潰されそう。
このまま直の顔を見るのは嫌だな。
きっと泣いてしまう。
心配するだろうな。
理由も問いただされてしまうだろう。
空を見上げ、一つ大きく深呼吸した後、電話を掛けた。程なく電話は繋がって、受話器の向こうからいつも通りの元気な声が聞こえ、僕の気持ちはやっと楽な方へと進み出す。
「もしもし?真ちゃん?」
「あっ、うん···元気?」
「うん。元気だよ!真ちゃんは元気を失くしちゃったんだね?どうしたの?今どこにいるの?近くだったら、僕に会いに来て!」
ああ···精一杯隠したんだけどなぁ···
呆気なく当てちゃうんだから···つまんないの。
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