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雨の日の冬真 #1 side K

その日は朝から小雨が降っていた。もう何日もこんな日が続いていて、そろそろ梅雨入りかもしれない。雨の様子を眺めていた俊さんは、珍しく小さく溜め息をついた。 「何か気になることでも?」 「ああ······いや、別に。」 誰もがうっとりする様な柔らかい笑顔を見せた。こういう時の笑顔は、得てして作り笑いなのを俺はもう知っている。 「後で冬真さんのお宅に伺おうと思っています。」 「何故?」 「何故って···用事が無ければいけませんか?」 「ああ、いや、そんなことはないのだが···」 「お一人で過ごす時間が多くなりましたからね。こんな時期ですし、ちょっとしたご機嫌伺いといったところでしょうか。」 俊さんは動揺を見せた。しかし、すかさずいつもの彼に戻る。 「キッチンに頂き物の菓子がある。持って行ってやってくれ。ああいう素朴な焼菓子は好きなはずだから。」 「ありがとうございます。俊さん、夕飯、何時頃お召し上がりになります?それに合わせて帰って来ます。」 「和···何度も言うが俺に気を遣うことないんだぞ。君は君のペースでしたいようにしてくれて構わないんだ。」 「したくてしているんです。俊さんこそお気になさらず。それに···せっかく二人いるんです。一緒に食べた方が美味しいと思いませんか?」 「参ったな。確かにそうだ。」 俊さんは笑う。右の口角を少しだけ上げるあの笑い方で。こっちが彼本来の笑顔。ちょっと安心した。 俊さんが仕事部屋に籠もったのを見届けてから里中家へ向かった。チャイムを鳴らしても冬真さんは一向に出て来ない。昼寝でもしているかもしれない。ここで俊さんから預かった合鍵が役に立つ。鍵を開け、まずはリビングへ向かった。そこには冬真さんの姿はなく、テーブルの上の光景に違和感を覚えた。少しかじっただけのトースト、ドレッシングが添えられただけのサラダ、飲みかけのミルク、ボウルには手付かずヨーグルト。これはどう見ても朝食と考えるのが普通で、こんな時間までそのまま放置しているなんて···更に照明やテレビもつけっぱなし。何かあったのだろうか? 恐る恐る奥へと進むと、床に投げ出された足が見えた。冬真さんだった。 「冬真さん!」 抱き上げた冬真さんの体は、普段の何倍も冷たく、何倍も白い。 「冬真さん!冬真さん!しっかり!冬真さん!」

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