126 / 132

雨の日の冬真 #6 side K

退院して5日、冬真さんの様子は以前と変らない。 例年、この時期になると体調を崩しがちだそうだが、今年はベッドで過ごさなくてはならない時間は少ない方だという。葉祐さんが帰宅するまでの間、主に午前中は俺、午後は俊さん、交代で里中家を訪問していて、原因がハッキリするまで冬真さんをなるべく一人にしないようにという垣内医師のアドバイスを厳守していた。 この日はEvergreenの休業日。休業日に俺達の出番はない。最近疎かにしていた門扉周りの清掃をしようと、徹夜に近かった俊さんを起こさないよう、静かに掃き掃除を始めた。別荘地の中でもかなり奥まった場所にある藤原家。他のお宅が並ぶ通りに出るまでちょっとした距離がある。ここは管理会社が清掃してくれるのだが、何となく勢いで掃き進めた。通りに差し掛かったところで、一番のご近所、佐藤さんの奥様に行き会う。彼女は珍しくジャージ上下という姿だった。 「あら?」 「おはようございます。ジョギングですか?」 「ええ。ほら、昨日、あなたのお店で頂いたレモンチキンステーキ、美味しくて食べ過ぎてしまったから、こうして少しでもなかったことにしないと。お酒もさることながら、お料理がとても美味しかったわ!どこぞのお店で修業でもなさったの?」 「いいえ。全くの独学です。気に入って頂けたら幸いです。是非、またいらしてください。温泉の帰りにでも。」 「ありがとう!是非お邪魔させて頂くわ!あら、いけない!早くジョギング終わらせないとドラマの再放送見逃しちゃう!」 「ドラマですか?」 「ええ、情報番組と情報番組の間で再放送している刑事ドラマ。随分長いこと放送されてるみたいなんだけど、最近になって夫婦揃ってハマってしまってね。なかなか面白いのよ。犯人やトリックが意外だったり。でもね···いつもは面白いのに、この前の放送は観ていてかなり不快になったわ!主人が怒ってテレビ局に苦情を入れたぐらい。」 「へぇ···それは余程のことですね。そんなに酷かったんですか?」 「ええ!どう言ったら良いのかしら···表現や描写がリアル過ぎると言うか···ちょっとグロテスクな感じなの。役者さんの演技が上手いと言えばそれまでなんでしょうけど。そういうの夜の本放送は仕方ないにしても、朝には適さないでしょう?再放送なんだし、その辺、朝に適しているか否か検討しても良いんじゃないかって。夫が連絡を入れるにあたって色々調べてくれたんだけど、その脚本、何十年か前に実際にあった事件を参考に書かれているんですって。本当に酷かったのよ。目を覆いたくなるぐらい。事件はホテルの一室、バスルームで遺体が見つかるところからスタートするんだけどね···」 「奥様、お急ぎにならないと放送に間に合わないのでは?」 「あら、いやだ!そうだった!じゃあ!」 佐藤夫人は手を振りながら軽快に走り去って行った。残された俺は再び掃除を始める。佐藤夫人が話していたドラマは前職の時、何回か観たことはあった。確かに犯人やトリックが意外で、心理描写も巧みで、何シーズンも続いてる人気作品だ。 「あの温和な佐藤さんが苦情を入れた作品か···どんなに酷いものだったんだろ?まぁ、積極的に観ようとは思わないけど。」 掃き掃除が一段落して踵を返した時、頭の中でカチカチと音が響いた。 あれ···何? 何だ?この感じ···

ともだちにシェアしよう!