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雨の日の冬真 #7 side W (Wataru Kakiuchi)
「ただいま。」
「おかえりなさい。お食事は?」
「準備してくれてるんでしょ?」
「ええ、でも···何か疲れてるみたいだから···」
「奥さんの手料理にありつける数少ないチャンスだよ?もちろん食べる!食べます!」
「うふふふ。じゃあ、先にお風呂に入ったら?その間に用意しておくから。」
「ありがとう。そうする。」
幼なじみから妻となった泉はパタパタとスリッパを鳴らし、玄関からキッチンへ消えた。
「おっー!ブイヤベース?」
風呂上がりの俺を迎えてくれたのは、妻お手製のブイヤベース。
「好きでしょ?」
「うん。」
「航が家で晩ごはん食べる時の献立は、なるべくスープにもメインにもなるようなものにしているの。」
「あっ、確かにこの前は和風ロールキャベツだった!でも、何で?」
「急患が入っても、スープジャーに入れて持って行けるでしょ?」
「なるほど!さすが医者の妻の鑑ですな。」
「バカ言ってないで頂きましょう?」
妻とこうして食事をするのは半月ぶりだろうか。ほとんど家に帰らない夫を、彼女は文句も言わず、いつでも笑顔で迎えてくれる。
「ごめんな。」
「どうしたの?急に。」
「一緒の食事もままならない、こんな生活。」
「嫌だ〜らしくない。私は航には感謝しかないよ。高校3年間、面倒みてもらって、約束通り、お医者さんになってくれて、手術もしてくれた。私は無理をしなければ普通に暮らせるようになった。お嫁さんにもしてくれたし、お母さんにもしてくれた。私が夢見たこと、航が全て叶えてくれたのよ。」
泉はテレビ前に置かれたフォトフレームに視線を送る。そこには去年行ったキャンプの写真が収められている。俺と泉と息子の架(かける)。
「架は冬葉んとこ?」
「ええ。夕方に冬葉君が迎えに来てくれてね。今日は初めてのお泊りだし、かなりウキウキで出掛けたわよ。」
「小学校に入った途端、冬葉、冬葉だな。」
「それはそうでしょう。今までなかなか会えなかった大好きなお兄ちゃんに、学校で每日会えるんだもん。それに架、鼻高々らしいよ。」
「何で?」
「冬葉君、学校のアイドルなんだって。そんなアイドルが直々に話し掛けてくれるもんだから、皆から羨ましがられて。」
「遺伝だね。」
「岩崎先生?お元気かしら。もう随分お会いしてないけれど。」
「ああ、先月の検診の時、めちゃめちゃ元気だったよ。」
「そう、良かった。」
ズキリと胸が痛む。冬真は1週間前に救急車で運ばれて来たばかりだ。一部記憶を欠落し、未だにその要因すら分かっていない。何ひとつ進展していないのだ。赤城さんから聞いた発見時の状況で、ひとつだけ腑に落ちない点がある。
何故テレビがついていたのか···
それが分かったところで解決の糸口に繋がるとも思えないのだが、どうにも気になっていた。普段テレビを観ることかない冬真が、あの時だけ、何故テレビをつけていたのか···
「どうしたの?難しい顔しちゃって。何か気になることでも?」
「ああ、いや······なぁ?ちょっと聞いても良い?」
「ええ。」
「普段、全くテレビを観ない人がテレビをつける時ってどんな時だと思う?」
「何それ?」
「ちょっとしたミステリー。ずっと解けないで困ってる。」
「そうだな···それって朝の話?」
「具体的には分からないけど、朝から午前中にかけて。朝と何か関係あるの?」
「うん。何か気になるニュースがあったのかなって思ったけど、朝だったら時計代わりかもって。」
「俺もそれ、チラッと考えた。でもさ、普段、全く観ないんだぜ?だとしたら、そういう習慣もないんじゃない?」
「あっ、そっか!う〜ん······そうだな····あとは·····天気予報とか?」
「天気予報?」
「うん、こんな時期だもん。気になるよ、天気。洗濯出来るかなとか、外に干せるかなとか。朝なら大体、時刻とセットで天気予報出てるし、一番簡単に調べられる方法じゃない?」
カチッ。
妻の言葉の後に頭の中で音が鳴る。
えっ?何?
カチッ。
再び音が鳴る。
何がハマるような、そんな音。
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