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雨の日の冬真 #8 side W
「垣内先生。」
「はい。」
「回診の間、妹さんからお電話がありました。一昨日より日本にお戻りとのことです。会食をご希望されています。それから、赤城さんとおっしゃる方からもお電話がありました。またかけ直すとのことでしたが、念のため、連絡先を聞いておきました。」
長い付き合いの看護師長は、少し心配そうな目つきをしながら言う。
「おっー!グッドタイミング♪僕からも連絡したいと思っていたんです。やぁ〜以心伝心かなぁ〜」
「どちらを?」
「どっちだと思います?」
「先生···」
看護師長は呆れ顔。
「あははは。ごめんなさい。そんなに心配しないでください。どちらもです。」
「先生······赤城さん···初めて聞くお名前ですね。妹さんのお知り合いの方てすか?」
「心配しないでください。腹違いのオマケに一度も一緒に暮らしたことのない妹ですけれど、妹は妹ですからね。彼女の希望に沿うようになるべく努力します。それに赤城さん、この方は里中家と親しい方なんです。今となっては、ほほ身内と言っても過言ではない。」
「まぁ!岩崎先生のお知り合いなんですか?」
それまでの怪訝顔から一転、冬真の名前が出た途端、看護師長の顔は花が咲いた様。
「師長もイケメン好きですね?」
「パカなことを!先生は子供の頃から無茶するところがありますから、それが心配なだけです。どうしても、泉ちゃんにも関わってしまうでしょう?」
「大丈夫!大丈夫ですよ。僕も立派なアラフォーオヤジてすよ?若い頃のまま突っ走るなんてバカな真似しません。安心してください。でも···感謝しています。いつも我々の事、気に掛けてくださって。」
「泉ちゃんは、看護師になって初めて担当した患者さんですからね。思い入れも深いです。でも、まぁ、あの時、ちょくちょくお見舞いに来ていた茶髪のやんちゃ君が名医になるとは想像もつかなかったですけれど。」
「それを言われてしまうとお恥ずかしい!でも、あの時、冬真に出会わなかったら···葉祐に拾ってもらわなかったら、今の僕がないのも事実です。だから、彼らのことは最善を尽くしたいんです。僕の家族は彼らとその周りの人々てすから···」
「素敵だと思いますよ。先生のそういうところ。」
「あっ!珍しく褒めましたね?もう一回言ってください!」
「図に乗らない!」
「はい···すみません。」
「お二人から伺った連絡先です。」
看護師長は2枚の紙を差し出した後、すぐに1枚目を取り戻した。見れば、残されたメモは赤城さんの連絡先が書かれた方だった。
「妹さんの方は···私が失くしたことにします。」
ツンとした表情をしつつも、優しい看護師長。どこまでツンデレなんだか···
「看護師長、いや、袴田さん、その紙もください。」
「しかし···」
「大丈夫てすから。」
「はい···」
諦めた様に看護師長は妹の連絡先が書かれたメモを差し出した。受け取ってすぐ、俺はそれをゴミ箱へ捨てる。
「先生?」
思わず驚きの声を上げる看護師長。
「これは僕が誤って捨ててしまったんです。きっと廃棄書類に紛れてシュレッダーしちゃったんてすね。ああ···何ておっちょこちょいな僕!これは僕のせいであって、あなたのせいではありません。」
「先生···」
泣きそうな看護師長を見ないようにしなくては。強がりな彼女は、きっとそんな自分を見られたくないはず。
「さっ、連絡!連絡!」
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