129 / 132

雨の日の冬真 #9 side W

赤城さんとの待ち合わせは、駅前のホテルのラウンジ。 「先生、お忙しいところ、お時間作って頂きありがとうございます。」 先に到着していた彼は、スッと立ち上がり、キレイなお辞儀をした。さすが一流のバーテンダーだ。 「いやいや。どうぞお気になさらず。私も赤城さんに話したいことがあったんで。さっ、掛けましょう。」 着席を促し、雑談に興じた。頼んだコーヒーが来たところで本題に入る。 「赤城さん、私からで恐縮なのですが、再度確認したいことがありまして···」 「ええ、構いません。どうぞ。」 「あの日···冬真が倒れた日ですけれど···発見時、テレビはつけっぱなしだったんですよね?」 「ええ、その通りです。」 「ずっと気になっていたんです。人の会話を得意としない冬真がテレビなんて。そんな冬真が何故テレビをつけたのか?」 「私も気になっていました。今でも早い会話はほとんど聴き取れませんし、人の掛け合いを聞いているたけで時折、気分が悪くなることもあるようです。そんな冬真さんがテレビなんて。」 「そうなんですよ。それがずっと気になっていました。てすが、冬真がテレビをつけた有力な仮説にやっとたどり着いたんです。」 「その仮説とは?」 「天気予報じゃないかと···」 「天気予報?」 「理由は分かりません。でも、天気が気がかりになる何かがあったんではないでしょうか?」 「天気か気がかりになる何か···ですか···」 「そんなに大したことではないと思います。あの日は小雨から霧雨に変わりました。例えば洗濯物が溜まってたとして、洗濯はできるだろうかとか、単純に雨はいつやむのだろうと思ったかもしれません。」 「確かに可能性は高いですね。」 「最近の様子はどうですか?」 「そうですね。体調の方は概ね良好と言えると思います。それより、每日、誰が自分の家を訪問することに引け目と矛盾を感じているようです。」 「引け目と矛盾?」 「入れ代わり立ち代わり、自宅に誰かが訪問する理由を冬真さんは分かっています。それに対して申し訳ないと思いつつも、常に誰かがそばにいること、一人ではないことに安堵しているようです。直接そうは言いませんが、そういう本音をチラッと漏らすことがあります。」 あんなことがあったばかりだ。何が起こったのか思い出せないことに途方に暮れ、漠然とした不安、その先の恐怖を考えることもあるだろう。誰かにそばにいて欲しいと願うのは当然だ。 「今日は誰が?」 「俊さんが。先程メールが来ましたが、今日の精神状態は芳しくないようです。何でも怖い夢を見たらしくて···」 冬真にとって最も良くない状況だ。この時期、ここで食欲をなくしてしまうと、冬真の体調はかなりのスピードで悪い方へと傾く。そうなれば、今年の夏も病院で過ごすこととなるだろう。入院ともなれば、今は何も知らない真祐にもこの事態を伝えなくてはならなくなる。そうなった時、真祐はきっと黙って自ら自宅に戻り、二度と家から離れることはないだろう。真祐の冬真からの解放、それは冬真の最大の願い。それを知る、二人を取り巻く大人達が少しずつ進めて来たプロジェクト。ここでふりだしに戻るわけにはいかない。 「あっ、そうそう赤城さんの話!私に話したいことって?」 「私の方もあくまでも仮説なんですが···先日、偶然知人から聞いた話がどうにも気になりまして···先生のご意見、ご指示を伺えたらと···」 赤城さんはご近所さんから聞いたという刑事ドラマの再放送の話をしてくれた。 「なるほど。ほぼほぼ間違いないですね。観てしまったのは、きっとその刑事ドラマ、そのドラマのシナリオの元になったという事件というのは冬真の事件ですね···」 「やはりそうでしたか···」 赤城さんはそれきり、コーヒーを見つめたまま何も話さなかった。俺も俺で、ただいたずらにコーヒーに口を付けては、カップをソーサーに置くを繰り返していた。 無言の時の訪れ。 外は相変わらず小雨が続いている。

ともだちにシェアしよう!