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雨の日の冬真 #10 side W

改めて思う。 冬真の周りには爆弾がゴロゴロ落ちていて、本人の意志とは関係なく、それを抱えてしまう危険が常にはらんでいる。 そして、今はまさにその状況下なのだと。 それまでコーヒーを見つめたまま微動だにしなかった赤城さんが動き出す。コーヒーを口に含む。 「先生、こんな時になんですが······」 赤城さんは少し言い淀んでいる素振りを見せた。冬真のことで何か聞きづらいことでもあるのだろうか?彼は冬真の過去を知っていると聞いているが。 「おっしゃってください。構いませんよ。」 「······あの······コーヒー········」 「コーヒー?」 「ええ、コーヒー。葉祐さんが淹れたコーヒーは本当に美味しいですよね。こうしてコーヒーを飲んでいるのに、飲んでいるそばからEvergreenのコーヒーが飲みたくなる···」 拍子抜け。てっきり冬真の話だと思っていたのに。 「はぁ···」 「やっぱり言わない方が良かったですね。すみません。」 「いや···何ていうのかな···その···ちょっと···予想外だったので。」 「空気が重かったので···つい。でも、ぼんやりでも原因らしい物が見えて来て、少しホッとしている自分がいます。」 ホッとしている? 何を言っている? 俺はこんなにも頭を抱えているのに? 「医学的なことは一切分かりません。ですが、何も分からず、手探りだった今までより余程良いのではないかと思ったものですから···あっ、すみません。偉そうに···」 ああ···これは···ずっと寄り添い続けた人の言葉··· ずっとずっと重みのある言葉。 「では、赤城さんはこれからどうしたら良いと思いますか?」 「誰がどういった行動をとれば良いのか、またするのか私には分かりません。私に出来ることも分かりません。ただ···」 「ただ?」 「冬真さんとお茶の時間をたくさん共有出来たら良いなとは思っています。」 「お茶···ですか?」 またもや想像も出来ない言葉が返ってきた。少なからず動揺した俺を見て、赤城さんは艷やかな小さい笑顔を見せた。 「『お茶の時間』って聞くとホッとするというか、心に少し余白ができると思いませんか?」 「ええ、まぁ。」 「一部とはいえ、冬真さんが記憶を喪失したと聞くと、とても苦しいし、悲しくもあり、途方に暮れる一方です。でも、こうして朧げながら原因が見えてきた今、記憶を手放したことは、裏を返せば、冬真さんが自分を守るために取った行動とも取れます。だったら、冬真さんがいつ記憶を取り戻すか、戻したらどうなるのかと怯えるより、冬真さん自身がとった行動を尊重してあげた方が有意義だなって。」 「尊重するかぁ···具体的には?」 「上手く言えませんけど···分かっていることは、冬真さんにとって手放した記憶は不要な物です。そのことについて、我々が戦々恐々としているのは、せっかくの冬真さんの行動を否定しているような気がしてなりません。」 「ほぉー。」 「冬真さんは訪ねてくれる人に申し訳ないと思いつつも、そばにいて欲しいと思っています。そして、この矛盾に苦しみ、我々の不安も空気で悟り、それを見て、自分は何をしたのだろうと不安を募らせる。我々は冬真さんを不安にさせたくないのに、やっていることは真逆、おかしいてす。誰にとってもプラスではありません。だったら、訪問する理由をもっと簡単なものにしてしまえば良いと思うのです。冬真さんの気持ちも楽になるばずです。私の場合ですが、一番自然な来訪の理由は『共にお茶をする』です。ここは図々しく『冬真さん、お茶しに来ましたよ!』とズカズカ上がり込んだ方が、今の冬真さんには良いような気がしてなりません。皆さんにも皆さんそれぞれの理由があって、それを掲げてズカズカと来た方が良いのではないでしょうか。」 そして、また小さく『すみません、偉そうに。』と最後に付け足した。 不思議な人だな。 華があるのに控え目。かつ、寂しげな印象。冬真が『儚い』だとしたら、この人は『憂い』だ。掴みどころがないけれど、誠実でマメ、しかも、行動力も備わっていて、面倒見はかなり良い。考えていることはかなり大胆で、時折、ドキリとする。確かに俊介さんの言う通り、いなかったタイプだな···冬真のそばには。これは会うべきかもしれないな。俊介さんが言っていた、赤城さんと一緒に現れたという女の子に。もう一人の冬真のそばにはいなかったタイプという女の子。 「分かりました。確かにおっしゃる通り、冬真の負担は軽くなりそうですね。とにかくやってみましょう!」 「ありがとうございます。それと···先生、もうひとつお願いがあるのですが···」 「何でしょう?」 「今日はまだお時間ありますか?もしなければ、別の日にまたお時間を頂戴したいのですが···」 「この後、特に予定はありません。お話を続けて構いませんよ。」 「良かった······実は先生に会ってもらいたい方がいます。もうすぐ夏休みですし、彼女の力を借りられればとても心強いと思いまして····先生と面識はないとのことでしたので、勝手とは思いましたが、近くに待機してもらっています。失礼します。」 そう言って、彼がスマホをいじってから5分、目の前に一人の女の子が現れた。 「はじめまして、垣内先生!矢島未華子と申します。」

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