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雨の日の冬真 #11 side W

互いに自己紹介をした後、雑談に興じた。向かいに座る彼女は表情が豊か。表情が目まぐるしく変わる。見ているだけでこちらも自然と笑みが溢れてしまう。確かに冬真の周りにはいないタイプだ。急に呼び出したことを詫びる赤城さんに彼女は言う。 「同士のワイルドさんが『力を貸して』って言うんだもの。来て当然でしょ!ホント、頼ってくれて嬉しかったよ。」 彼女の言葉に赤城さんは安心したように小さく笑った。似ているなと思った。冬真の笑い方に。 「同士?何の?」 思わずそう尋ねると、 「私達は他人だけど、冬真おじさまの幸せを心から願っているんです。そのためなら頑張れる同士。」 そう言ってニッコリ微笑んだ。しかし、それから一転、急に表情が曇る。 「でも···今は体調崩されているんですよね···ワイルドさんから聞きました···」 「ワイルドさんって?」 先程から『ワイルドさん』と呼ばれる赤城さんは、居心地が悪そう。まさに苦笑い。 「ねぇ、ワイルドさん?お見舞いに行っても大丈夫かしら?ご迷惑にならない?」 彼女が赤城さんに尋ねた。核心を突くならここでだろう。赤城さんも同じことを思ったのか、先程の苦笑いから真顔になり、そして小さく頷いた。 「ねぇ、矢島さん?君は冬真が度々、会話が困難になる時があることは知ってる?」 「はい。声が出なくなっちゃうんですよね···」 「うん。あれは後遺症みたいなものでね···」 「後遺症?」 「そう。後遺症。もう何十年も前のことだけど···事故に遭ってしまったんだ。」 そこまで話すのかと言わんばかりに、今度は赤城さんがこちらを見た。それに静かに頷いて返す。 「事故······?」 「そう、身勝手な人間が身勝手に起こした事故。冬真はそれに巻き込まれてしまったんだ。事故の傷も酷かったけど、運悪く心臓の発作も起こってしまって···あの時は何日か生死を彷徨ったみたい。僕も伝え聞いた話しか知らないんだけど、当時のカルテなんかを見ると、本当に酷くてさ。思い出すだけでも辛いよ。」 沈黙が続く。ショックが隠せないようだ。しかし、しばらくして意を決した彼女が口を開いた。 「それなら···お話しされなくても大丈夫ですよ、ドクター。ドクターが辛い思いをするのは嫌だし、世の中には知らなくても良いことがたくさんあると思うの。私がおじさまのこと、大好きなのはずっと変わらないし···」 彼女は本当に情の深い女性。心底ホッとした。 「お気遣いありがとう。でも···君にも少しだけ知っていて欲しいんだ。君と赤城さんは数少ない冬真の友達だから。」 「友達······?」 「そう。力になって欲しいんだ。友達として。正直なところ、君には事故のこと、知ってもらいたくはなかった。だけど、今回だけはどうしても話さなくてはならなくて···だから、事故に遭ってしまったという事実だけは伝えることにしたんだ。」 彼女は俯く。再び沈黙が続く。しかし、それはただ黙っているだけではない。何かじっと考えてるように見えた。思慮深く。程なく、彼女は大きくて真っ直ぐな瞳をぶつけた。 「分かりました。これ以上は聞きません、事故のこと。でも···ひとつだけ。何故、そんな私におじさまが事故に遭ってしまったことを話す必要があるのですか?」 「今の冬真の状況を説明するのに必要だったんだ。今の冬真は体調を崩しているというより、怯えているに近い。」 「怯える?何に?」 「自分に。記憶がね、一部分だけ欠落してるんだよ。」 「えっ?記憶···喪失···ってことですか?」 「そんな大袈裟なものじゃなくて···ある日ある時の2〜3分程度の記憶が欠落している。だけど、その短い時間がかなり重要でね。どうやら、その時、見てしまったようなんだ。事故を想起させる何かを。」 彼女がはっと小さく息を飲んだ。

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