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天使の主張 #1 side N ~Naoki Sugano ~
三人で並んで座る別荘地行きのバスは、適度な揺れと窓から降り注ぐ、柔らかな日射しがとても心地よかった。そのせいか、俺の右隣で里中はすでに船を漕ぎ始めていた。
「ねぇ、すがの?」
左隣に座る里中の弟、冬葉(ふゆは)が俺に尋ねる。
「うん?」
「あのさ、ふゆくんとすがのはおともだちだよね?」
「俺はそのつもりだけど。」
「あーよかった!」
「さっきのこと、気にしてるの?」
さっきのこと...それは待ち合わせたスーパーのフードコートでの出来事。
「あっ、すがのだぁ!おーい!すがのぉー!」
俺を見つけた冬葉は、口の周りをアイスクリームだらけにしたまま、愛くるしい笑顔で手を振った。
「よっ。冬葉!久し振り!スゲーうまそうなもん食ってるな。」
「うん。おいしいよ!すがのもちょっとたべる?」
冬葉は瞳をキラキラさせながら、チョコレートアイスをのせたスプーンを差し出した。俺はそれを口に含む。
「うめぇ!こんな旨いのくれるなんて、お前スゲー良いヤツだな。」
「うん、うん。ふゆくん、いいこ。」
「冬葉。菅野じゃなくて、菅野さんでしょ?」
自分は良い子と主張する冬葉に対し、里中はそれに水を差す様に注意をした。
「なんで?」
「何でって、菅野は僕の同級生だもん。冬葉より年上でしょう?年上にはちゃんと『さん』付けないとって、俊介さんにも言われてるだろう?」
「う~ん...ねぇ、すがの?」
「何?」
「どうきゅうせいって、おともだちってことだよね?」
「うん。」
「だったら、ふゆくんも『すがの』ってよんでもいいんだよ。だって、ふゆくん、すがのとおともだちだもん。ねー!すがの!」
冬葉はにっこり微笑み、アイスクリームを口に入れた。里中は大きなため息を一つこぼした。
「さすがの作家先生も、可愛い天使の前には完敗だな。」
俺の言葉に里中は苦笑した。それでも里中が口角を上げたところを久々に見ることが出来て、少しだけホッとした。
「ねぇ、すがの?」
「うん?」
「ふゆくん、ほんとうはわるいこなのかなぁ...」
「どうして?」
「だって、しんちゃん、いつもふゆくんに『だめだよ』ばかりいうし...それにね、とうまパパがびょうきになると、ふゆくんだけパパにあわせてもらえないんだ。きのうもそのまえも、ふゆくん、とうまパパにあってないの。」
「俺は、冬葉は良い子だと思うよ。」
「ほんと?」
「うん。里中...いや、真ちゃんだってそう思ってるよ。大丈夫!冬真パパに会わせてもらえないのはさ、冬葉がパパと遊びたくなっちゃうからじゃないの?冬真パパは優しいから、冬葉のお願いなら何でも聞いちゃうだろう?病気がなかなか治らなくなっちゃうんだろうな。きっと。もう少しお兄さんになったら会わせてもらえるよ。」
「でも...とうまパパ...ふゆくんみて、ないたことがあるの。ふゆくん...わるいこで、とうまパパいやなのかも。」
「そんなことないよ。怖い夢でも見ちゃってさ、たまたま冬葉と目があちゃっただけかもよ。パパには会わせてもらえないかもしれないけど、その代わり、俺とたくさん遊ぼうぜ!」
「うん!」
その時、右の肩が急にずっしりと重たくなった。振り向くと里中が俺の肩にもたれ掛かり、すっかり熟睡していた。
「しんちゃん、ねちゃったね。」
「うん。」
「しんちゃん、おきて!すがの、おもいおもいだよ!」
冬葉が里中を揺り起こそうとした。俺は小さいその手をそっと握り、それを阻んだ。
「良いよ。今は寝かせてやろうぜ。真ちゃんは真面目な良い子だからさ、パパのお世話で疲れているんだよ。」
「ふゆくんだって、いいこだもん!」
冬葉は少し頬を膨らませながら言った。その姿は本当に可愛らしい。
「そうだな。真ちゃんも、冬葉みたいな良い子だと楽になれるんだけどなぁ…」
「うん。ふゆくんいいこ、いいこ。」
冬葉は再び瞳をキラキラさせながら、にっこりと微笑んだ。
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