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天使の負傷 #2 side Y

N大病院に到着し、冬葉の元気な姿を見て安堵したのも束の間、園長の話を聞いて、一気に不安に陥った。冬葉は園の遊具から落ちた。しかし、落ちてしまったのではなく、故意に落とされたというのだ。園長の話では、冬葉が遊具から突き落とされるところを、教職員をはじめ、園児も数人見ていたので、突き落とされたというのは間違いないらしい。しかしながら、そこに至るまでの経緯が分からないのだという。 「相手のお子さん...理君っていうんですけど、どちらかというと大人しいというか、普段、決して、そういう粗暴なことをするようなお子さんではないんです。冬葉君も元気で明るい、優しいお子さんですから、どうしてこんなことになったのか、私共も全く理解できなくて…」 「冬葉は何か言ってませんでしたか?突き落とされる理由とか。」 「診察を終えて、お父様がいらっしゃるまで話をしましたが、思い当たる節はないようでして...理君の方は泣きじゃくるばかりで、何も事情を聞けていないようです。今、理君のお母様が園に向かわれてるそうです。園としましても、この問題を蔑ろにするつもりはありません。これから理君のお母様のお話を伺ってから、原因究明と問題解決を取り組もうと考えています。本来なら、冬葉君とお父様にも同席願いたいところなのですが、ドクターのお話では今日一日は安静にしているようにとのことですので、今日はこのままお帰り頂いて、また明日、ご報告したいと考えておりますが、よろしいでしょうか?」 隣で話を聞いていた冬真は、もうすでに震えだしていた。もしかしたら、何かを思い出したのかもしれない。 「分かりました。父親の方も少し具合が悪くなったようですので、私達はもう少しここで休んでから、帰宅します。先生はどうぞ園にお戻りください。」 そういうと、園長は冬真を見ながら何度も何度も恐縮し、病院を後にした。 大丈夫、大丈夫。 そう言って何度も背中を擦ってやるけれど、冬真の震えは一向に治まらない。 「冬真、大丈夫だよ。ほら、見てごらん。冬葉はあんなに元気だ。」 待合室の少し離れた所で座っている冬葉を見るように言った。そこには、地面に届かない足をブラブラさせながら絵本を読んでいる冬葉がいた。 「おじいさんは、やまへ、おばあさんは、かわへ」 黙読という言葉を知らない、普段通りの冬葉を見て、冬真は少し口角を上げた。その視線に気が付いた冬葉は、絵本を閉じ、つかつかと歩き、俺達の前に立った。 「ねぇ、パパしってる?ももたろうはね、もものなかにいたんだよ。ふゆくんだったら、ぜーったい、なかからたべちゃうよ!ももたろうも、おあじみぐらいしたかなぁ?」 桃太郎の桃について真剣に考えている冬葉が可愛らしくて、おかしくて、俺は思わず吹き出した。大笑いする俺を見て、冬葉が小首を傾げる。 「なんで?」 本当に冬真そっくり… 「良かった…冬くん...げんき...良かった...冬くん...」 冬真は冬葉を抱きしめた。冬真に抱きしめられた冬葉は嬉しそうに言う。 「とうまパパいいにおい...パパだいすき。パパ、ふゆくんのたからもの。」 冬葉は冬真の頬にキスをした。

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