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不安げな女神 #2 side Shun

里中家のリビングに入ると、もうすでに三つ巴の戦の火蓋は切られていた。その戦いをよそに、冬真さんは俺をキッチンに招き入れ、コーヒーを淹れようとしていた。危ないからとそれを辞し、冷凍庫にアイスクリームを入れた後、自らコーヒーを淹れた。それから、冬真さんと同じ様にキッチンでしゃがみ込み、リビングの様子を黙って見ていた。三人は俺に気が付くことなく揉めている。 「しんちゃんだけズルい!」 「あり得ねえ!冬真にああうことしていいの俺だけだから!」 「ようすけパパ!ひとりじめは、いけないんだよ!」 「そうだよ!パートナーだけに許されてる特権じゃない。僕達は子供だし、愛情表現としてアリだと思うけど!」 「そうだよ!ふゆくんだって、パパとちゅーしたいもん。」 「冬葉は良いけど、真はダメ!」 「なんで?」 「そうだよ!おかしいよ!僕達は同じ子供じゃないか!」 「真はもう大人だから、ダメ!」 「ふゆくんだって、もうおにいちゃんだもん。」 一向に収まる気配がない戦い。 「どうしてこんなことになったんです?」 問い掛けに対し、冬真さんは何の反応もせず、俺の口元ばかり見ていた。もうすでに会話を聞き取れなくなっているのだろう。俺はスマホを取り出し、メモ帳を立ち上げた。『何があったの?』と打ち込み、冬真さんにそれを見せた。冬真さんは事の次第をぽつりぽつりと話始めた。 冬葉の話を聞いて、彼を抱き上げたいと思った冬真さん。しかし、重厚な造りのカトラリー類でさえ思うように扱えない自分に、冬葉を抱き上げるなど所詮無理な話と諦めた時、冬葉が早く大きくなって、自分がパパを抱き上げるから泣くなと抱きしめてくれた。その様子を見ていた真祐が、冬真さんを抱き上げ、口づけをしたところからこの口論が始まったのだという。 なるほど... おそらく、冬葉は自分に出来ないことをいとも簡単にやってのけた兄への嫉妬。葉祐さんは真が頬や額ではなく、冬真さんの唇にキスをしたこと...独占欲からの嫉妬。真のことだ。その一連の動作がきっとスマートだったのだろう。それが更に葉祐さんをヤキモキさせている。そして真祐。真は弟がしてやれない分、代わりに自分がしてやろうという、冬葉の代わりに冬真さんを励ます行為をしただけ。そこには、それ以外何の意図もない。だから、二人が何故こんなにもエキサイトしているのか不可解。真祐は長男、冬葉と葉祐さんは次男。スマートな長男の真祐に、兄に対する弟の競争心やコンプレックスなどわかるはずもない。 事情が分かれば、本当に些細なことで揉めている三人。要は三人共、深く冬真さんを愛している。それだけの話。揉める理由など、どこにもない。 俺は一つため息をついた。冬真さんは不安げな瞳をこちらに向けていた。 『大丈夫。平たく言えば、三人共あなたのことをとても深く愛していて、それが故の行動の是非を自己主張しているだけ。ケンカをしているワケではありません。』 そう打ち込むと、冬真さんは安心したように小さく息を吐いた。 『ちょっと注意してきます。』 打ち込んだスマホの画面を見せ、立ち上がろうとすると、冬真さんはそれを阻んだ。 「ケンカしてない…ほんと…?」 頷く俺に冬真さんは言う。 「言いたいこと…言っているなら...いいんです...」 『何故?』 スマホを見せると、何故か冬真さんから笑顔が漏れた。 「真くん...こういうこと…めずらしいから...いつも...がまん...しちゃうから...しばらく…このまま…」 冬真さんは微笑んだ。確かに考えてみれば、真がここまで大声を上げて主張したり、反論するのはかなり珍しい。いや、初めて見る姿かもしれない。冬真さんの望み通り、しばらくこの様子を見守った。しかし、5分ほど経過したところで冬真さんが言う。 「もう…いいかな…やっぱり…えがおのみんなが…みたいから。」 冬真さんは立ち上がり、続いて俺も立ち上がった。それから冬真さんは、やっぱり驚くほど弱い力で俺の手を引いた。

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