14 / 132

女神の異変 #1 side S

自宅に戻り、リビングのソファーに座ると、冬真は一つ息を吐いた。 「疲れた?今日はほぼ一日外出だったもんね.。少し横になる?」 リビングにはすでに可動式のベッドが準備されていた。昨日からの冬真の様子を心配して、葉祐が準備したのだろう。 「ううん。ねえ...真くん...」 「うん?」 「真くんは...ぼくが君のお父さんで...よかった?」 俯き加減で冬真がぽつりと言った。 「どうして?」 僕は隣に座り、聞き返す。 「だって......」 冬真は顔を上げ、僕を見つめた。その瞳はもう潤み始めていて、息子の僕から見ても、息を飲むほど美しかった。 「だって?」 「だって...ぼく......お父さんのしかくない.........ふゆくん...きずつけた...なさけない...なけないよ...」 冬真はまた俯いた。僕は右腕で冬真の肩を抱き、左手で手を握る。相変わらず冷たい手で、少し切なくなった。 「園でのことを言ってるんだね?」 冬真は何も言わない。だけど、ほんの少しだけ手に入った力がそれを物語っていた。 「お父さん?あれはね、お父さんが悪いわけじゃないんだよ。もちろん、冬葉が悪いわけでもない。むしろ、お父さんはとても良いことをしたと僕は思ってるよ。」 「真くん...」 僕の言葉に、冬真はやっと顔を上げた。 ことの始まりは、昨晩かかってきた冬葉が通う幼稚園の園長からの電話だった。その電話を取ったのは葉祐で、その内容はやっと判明した理君が冬葉を遊具から突き落とした理由だった。園長の話によると、理君の両親は事情により、来月から別居することが決まっていて、理君は母親に引き取られることになった。父親に会えなくなる寂しさの中、父親が複数いることを毎日からかわれながらも、お構いなしに日々、父親や家族への愛を語る冬葉に対し、羨望と嫉妬の気持ちが膨らみ、衝動的に突飛ばしてしまったとのことだった。冬葉が寝仕度をしている間、葉祐はそのことを僕と冬真に話した。冬真に異変が起きたのは、この直後だった。 「ねえ...ようすけ...」 「うん?」 「あした...ぼく...冬くんのようちえん...いく...だから...冬くん...ようちえん...つれていく...」 「連れていくって...お前.....」 「ぼく...いかなくちゃ...ようちえん...いかなくちゃ...ぜったい…」 冬真は呪文のようにずっと呟き続けた。 「えっ!あした、ふゆくん、とうまパパとようちえんいくの?わーい!わーい!」 運悪く、寝仕度を終えた冬葉が入って来てしまい、全身で喜びを表す冬葉を前に、僕らはそれ以上、何も言えなくなってしまった。冬真の尋常じゃない様子に葉祐は珍しく狼狽え、戸惑いを見せた。 「大丈夫。明日の授業、三時間目からなんだ。途中で抜けるけど、僕も幼稚園ついて行くよ。」 「本当か?真...」 「疑ってるの?明日は選択授業ばかりなんだ。もう卒業を待つだけの身だもの。あってないようなものさ、授業なんて。」 「そっか...頼むよ。悪いな...いつもお前ばかりに迷惑掛けて...本当申し訳ない。」 「何言ってるの?ばかなこと言ってないで、早くお景おばさんのところに連絡して。お迎えの時間まで、冬真をおばさん家で休憩させてもらえるようにお願いしておいて。」 「おっ、おう!」 葉祐は慌ててスマホを取り出した。僕の言葉に安心したのか、葉祐はもうすっかり、いつもの葉祐に戻っているように見えた。 僕は嘘をついた。 葉祐を安心させるため、冬真を見守るため... 授業があるようでないのも、明日は選択授業ばかりで、三時間目から授業に出る予定だったのも本当。 だけど、この時…僕はもうすでに学校を休むつもりでいた。

ともだちにシェアしよう!