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女神の過去 #1 side S

間もなくお迎えの時間になろうかいう園内は、思ったよりも静かだった。園長室の応接用ソファーに冬真を挟んで二人の園児が座っている。冬真の右側には理君。左側には冬葉。理君の前には園長が座り、冬葉の位置から90度の場所にある一人掛けのソファーに僕は座り、その様子を見ていた。 「こんにちは...おさむくん。ぼくは...冬くんのパパ...です。」 冬真は理君に向かってペコリと頭を下げた。理君は園長室に入ってからずっと顔を強張らせたままで、何も言わなかった。 「あのね...おさむくん...きいてほしいはなしがあるんだけど...きいてくれる?」 理君は固い表情のまま、目も合わせず、コクリと頷いた。 「ありがとう...じつはね...ぼく...1才のとき...パパが死んじゃったの。」 「えっ?」 冬真の突然の告白に、理君はそこで初めて声を出した。 「赤ちゃんだったから...パパのこと...ぜんぜんおぼえてない。パパが死んでから...ママはびょうきになって...どんどん...びょうきがひどくなって...とうとう一緒に...くらせなくなったの...それが5さいのとき。」 「5さい?ぼくも5さい。」 「そうだね。」 「でも、ママは、すぐにげんきになったんでしょ?」 理君は前のめりになって尋ねた。冬真は首を横に振った。 「ううん...ママのびょうきは...ずっとなおらなくて...ぼくに会うとママは...びょうきがひどくなるの。だから...ママにはそれから1度も...会ってない...」 「どうして?どうしてママはふゆくんのパパをみると、びょうきがひどくなるの?」 「たぶん...ぼくがパパに...よく似ているから...ママはパパが大好きだったんだ。パパがいなくなちゃったこと...信じたくなかったのかも...」 「それから...ふゆくんのパパはどうしたの?」 「それから...おじいさんのところに行ったの。でもね、ぼくも...生まれた時からずっとびょうきでね...おじいさんといる時間より...びょういんにいる時間のほうが...ながかったんだ。」 「にゅういん?」 「うん、そう...ぼくのおじいさんは...とてもいそがしい人で...びょういんには...ほとんど来なかったの。びょういんにばかりいるから...ようちえんも...小学校もいけなくて...ともだちもいなかったよ.。でも...きみはちがう...」 「えっ?」 「パパとは...ちがうおうちになっちゃうけど...会おうとおもえば会える...ママもそばにいてくれる...友だちだっている...」 冬真は冬葉の頭を撫でた。 「今は...さびしい...けれど...だいじょうぶ。きっと...だいじょうぶ...」 今度は理君の頭を撫でた。 「ホント?」 「うん。だから...まいにち...げんきで...みんなとなかよくね。どうしてもさびしい...時は...また...ぼくとおはなし...しよう。」 「うん!」 理君はここに入ってきた時とは全然違う、随分とスッキリしたような晴れやかな表情をしていた。それに反し、冬葉はもうすでに瞳を潤ませていた。初めて聞いた父親の生い立ちが、あまりにも悲惨で、ショックだったに違いない。 「パパ...」 「冬くん...パパの小さいころ...のはなし...はじめてしたね。パパは...パパとママ...しらないから...パパっていう人が...子どもにどんなことするのか...わからなくて...それに...生まれた時からびょうきで...パパらしいこと...なにもしてあげられない...こんなパパで...ごめんね。」 冬葉の涙腺はすぐに崩壊し、冬真に抱きついて、ただただ泣きじゃくるばかりだった。

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