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Pioggia #6 side N

「それはショックだったね...」 頷く真祐に、じいちゃんは静かにそう言った。真祐はもう泣き出しそうで、俺は慌てて真祐の隣に座り、背中を擦った。 「僕もね、初めて知ったと言うか...気が付いた時は本当にショックだった。悲しくて...悔しくて...気持ちをどこに持っていけば良いのか分からなくて...落ち込んで...陰鬱な日々を過ごしたよ。あのお景おばさんも心配しちゃうぐらいにね。」 じいちゃんはちょっと遠い目をして苦笑いをした。 「出会った頃の冬真君はね、今よりも、もっともっと儚くてね...声が出せなかったり、意識が混濁することはしょっちゅうで、腕はいつも傷や痣だらけ。」 「何で?どうして傷や痣だらけなの?」 「自傷行為...今でも時々する。悲鳴を上げた時...冬葉を見たりすると特に。でも...原因はよく分からないんだ。」 俺の問いに真祐が答えた。 「冬真君は本当に純粋でシャイな優しい子でね。少年がそのまま成長したみたい。葉祐君はとても誠実で愛情深い。いつでも儚い冬真君を真綿にくるむようにして守って来た。二人共、自分のことは二の次、お互いのことが最優先。多くの幸せを望まなくて、ただただ、お互いがそばにいてくれさえすれば良い。そんな二人だった。だから余計に悔しかった。どうして?何で?って。行き場のない怒りが更に僕を陰鬱にした。でもね、そんな時、葉祐君が言ったんだよ。『冬真は悲しい経験を何度もしたし、生死の際に立たされたことも何度かあった。でも、そういう時、それでも儚い冬真はいつだって生を選んで来た。一番悲しくて苦しいはずの冬真が闘っているのに、自分が後ろ向きになるのは格好悪い。過去に起きてしまった悲しみを嘆くよりも、今と未来の冬真に何がしてやれて、何が残せるのか考えた方が有意義だ。悲しい思いをした分だけ楽しい時間を、苦しい思いをした分だけ優しい時間を残すんだ。』って。」 「葉祐さん、スゲー!人としても男としても超格好良い!俺、尊敬しちゃう!」 「直生君もそう思う?僕も同じこと思ったよ。だからね、冬真君の過去を嘆き悲しむのは、それっきり止めようって思った。だって、頑張ってる二人に対して失礼だもの。だからね、真祐君...君もそんな風に考えてはくれないかな?すぐには無理かも知れないけれど...冬真君も葉祐君と君や冬葉君から、たくさんの愛情をもらいながら頑張ってるんだ。少しずつだけど、前に進んでる。そのことだけを見てやって欲しい。」 「おじさん...」 「うん?」 「僕ね...冬真の過去...本当にショックっていうか...おじさんと一緒で...冬真が苦しんでると思うと...とてもツラくて...悲しかった。冬真の悲鳴を僕は何度も聞いていて...もう耳にこびりついてる。僕は苦しくて...あの悲鳴にずっと耳を塞いでいた。でも...それじゃ、冬真が可哀想だよね?冬真...頑張って...もがいているのに。僕は味方になってあげなくちゃだったのに...逃げて来ちゃった...僕って...最低だ...」 真祐はすっかり俯いてしまう。 「心配するな!真。 大丈夫だから...顔を上げろ。 真面目過ぎて...優しすぎて...悩んでばかりのお前に... 楽しい時間と優しい時間を...俺があげるよ... 俺がずっと、ずっとそばにいるから... 一生支えてやるから...」 「えっ?」 「えっ?」 「えっ......?」 二人の視線が同時に突き刺さった。 「今のって......?」 先に口を開いたのはじいちゃんだった。 「へっ?今…の?」 「色々言ってたけど…そばにいるとか...支えるとか...」 「あっ...」 マズイ!非常にマズイ! 心の中で呟いたつもりが、気持ちを声に乗せてしまっていた。 俺のバカ!バカ! どうするよ…この状況。 「えーっと...その...それはですね...」 たじろぐ俺を見て、じいちゃんはニコニコ微笑んでいた。 「もぉ...来月から別々の学校で、毎日顔合わすワケじゃないのに...本当にいい加減なんだから!」 真祐が呆れ顔で言った。自分のことになると、ちょっと鈍感な真祐には、真意は伝わらなかったみたいで、ラッキーなのかアンラッキーなのか、よく分からないため息を俺は一つついた。 それでも、じいちゃんにはバレちゃった俺の想い。じいちゃんは見送りをしようとした真祐を制し、俺だけを指名した。下りのエレベーターの中で、気まずい沈黙が流れる。 「直生君。」 「はっ、はい。」 「君も苦労が絶えないね...人のことに関しては繊細なのに、自分のこととなると、なぜあんなにも鈍感なんだろうか。誰に似たんだろう。」 「えー...えーっと...」 「まあいいや。僕は大賛成!君は好青年だし、君達はお似合いだ。僕は君を応援するよ!」 「まあ...ありがとう...ございます。」 「それと、君に一つ頼みがあるんだけど...」 「何?」 「さっきの平塚庵の話、もっと詳しく教えてくれないかな?平塚庵に対する君の感想とか。」 「平塚庵の?良いですよ。全然。」 「本当?良かった!君のおかげで、またやりがいが増えたよ!ありがとう。君のスケジュール、良かったら、このアドレスにメールしてくれる?」 じいちゃんは名刺を一枚取り出し、その裏に前もって書かれたアドレスを見せながら言った。それ受け取ると、エレベーターは1階に到着し、扉が開いた。じいちゃんは降りようとした俺に、 「ここで結構。じゃあ、メール待ってる。真君のこと、頼んだぞ!頑張れよ!応援してる!」 そう言って、俺の家がある階のボタンを押し、エレベーターを降りた。 「変なじいちゃんだな。」 上昇するエレベーター中で、もらった名刺を裏返し、じいちゃんの素性を知って、俺は絶叫する。家に戻り、そのことを興奮気味に真祐に話すと、 「最初に『平塚です』って名乗ってたし、平塚庵のお弁当持ってきたり、平塚庵の話をしてる段階で気が付くでしょ?普通...」 真祐はまたもや呆れ顔で言った。 もぉ...呆れ顔も最高に可愛いな!コノヤロー!

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