26 / 132

大罪 #1 side T

「直生、顔を上げろ。ひとまず中に入れ。そして、話を聞かせてくれ。なっ?」 葉祐は直くんを立たせると、スーツの汚れをはたいてリビングへと誘った。それから、冬葉に『今日は特別だよ。』と言って、彼が大好きなヒーロー物のDVDを流した。もちろん、冬葉はすぐにDVDに夢中になり、葉祐は上手に冬葉を隔離することに成功した。残された大人四人がそれぞれテーブルに着席すると、戸惑いを隠せない真祐が真っ先に口を開いた。 「直くん一体どうしちゃったの?僕...全然分からないよ...直くんが何を考えているのか。何が目的?それとも、僕をからかっているの?」 「そんなんじゃないよ。」 「じゃあ、何?」 「俺は...真...お前のそばにいたい...ただそれだけ。」 「なっ......何それ?それにアパート。この間決めたっていうアパートはどうするの?大学から近いって言ってたじゃない?ここから通うなんてナンセンスだよ。直くんの家から通うよりもずっと遠くなるのに...もしかして...おじさんから言われたこと気にしてるのなら...もう...」 「おじさんって?」 葉祐が尋ねた。 「それは...」 「違う!じいちゃんは関係ねぇ!」 唇に拳を当てて黙り混んでしまった真祐に対して、直くんは透かさず言う。そして、一瞬間をおいて言う。 「俺は...真のことが...好きだから...真の笑顔を...ずっとずっとそばで見ていたい...」 普段の元気な直くんからは想像できないほど、小さな小さな声だった。とても小さな声だけれど、真祐を見詰めるその眼差しはとても強かった。それは、僕が待ち焦がれた瞬間だった。もう何年も前から直くんの想いには気が付いていた。初めは友情だったその想いも、成長すると共に、徐々に恋や愛に形を変えていった。真祐も同様で、小さい頃から我が家に出入りする直くんを見詰めるその瞳は、徐々に恋焦がれる者に向けられるものへと変化していった。どちらも互いを求めているのに、それを切り出せずにいるのは、穏やかな日常を真祐が渇望していることを直くんが一番知っているからで、自分の気持ちを口にすることは、今までの関係性を崩し兼ねない。真祐にとって、その関係性だけが唯一穏やかな日常だった。それが消えてしまうことを二人は何よりも恐れていて、この壁をずっと越えられずにいる。それは僕のせいでもある。僕がそばにいては、穏やかな日常なんて送れるワケがない。これは僕の罪。一つ目の大罪。 「そんな...そんなこと急に言われても...僕...僕...」 狼狽える真祐は、まるで迷子になった子供のようだった。普段はそんな素振りを一切見せないけれど、真祐は直くんがそばにいると、珍しく子供じみていて、喜怒哀楽をはっきりと見せた。直くんには安心して等身大の、本来の自分を連れて来ることが出来るのかと胸が痛んだ。そういう本来の子供の姿をひたすら隠し、早くに聞き分けの良い大人にしてしまった。これも僕の罪。二つ目の大罪。 「ねぇ...直くん...」 「はい。」 「直くんのきもち...分かった。でも...二人には会話がひつよう...二人は...もっとたくさん話さなくちゃみたい。二人のきもち...話さなくっちゃ...」 「そうだな。散歩がてら二人で話し合って来いよ。」 僕の意見に葉祐も賛同した。 「はい。」 直くんは立ち上がり、真祐に手を差し出した。真祐はその手をじっと見詰めていた。 真くん...その手を取って... そうすれば...君は...解放される... その手を取りさえすれば...得られるんだよ... 愛と自由...それから...君が望んだ...静かで穏やかな日常を... 真祐は直くんの手は取らず、何もなかったかのようにスッと席を立ち、リビングを出て行った。直くんもまた、何もなかったかのようにその手を引っ込め、真祐の後を黙ってついて行く。 そして僕は...祈りも届かず、二人のこれからのことを考えると...声を上げて泣きたい気分になった。 「ようすけパパ!とうまパパ!いってきまーす!」 「おうっ!気を付けてな。」 「冬くん…いってらっしゃい。」 「はーい!おーい!しんちゃん、早く!早く!」 「冬葉!園バッグ忘れてるよ!もう...幼稚園に行くのに、園バッグ持たないでどこに行く気?」 「あははは。園バッグを持たずして、幼稚園行こうとするなんてスゲーな!さすが冬葉!」 「えっ?ふゆくん、すごいの?すがの...じゃなかった...なおくん!」 「うん。スゲー!さすが毎日地球を守ってるだけあるよ!スケールが違う!格好良いぜ!」 「もう...二人ともバカなこと言ってないで、早く行くよ!」 「はーい!」 「はいはい。」 「直くん、『はい』は一回だよ。」 「はい!...って、お前の兄ちゃん超絶こえーな。冬葉。」 「うん。しんちゃん、こわーい!」 「真ちゃん、怖ーい!」 「もうっ!」 「やっべ!怒った!逃げるぞ、冬葉!行ってきまーす!」 直くんは急いで冬葉をおんぶすると、僕達二人に挨拶し、足早に逃げて行った。冬葉は直くんの背中で笑い、真祐はそんな二人をプリプリと怒りながら追いかける。 四月... 新たな季節を迎え、真祐は大学生になり、冬葉は年長になった。 そして...我が家は...新たに直くんを迎え、朝の風景は毎日こんな風に賑やかになった。

ともだちにシェアしよう!