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gelosia #5 side S
この日を境に…直くんはちょっと変わった気がする。
それによって僕達の関係も…微妙に変化していった。
意識が徐々に浮上して、重たい瞼を開ければ、懐かしい風景が目に飛び込んできた。それは、葉祐と冬真の寝室の天井で、冬葉が生まれるまで、僕達はずっと親子三人、川の字で寝ていた。葉祐が絵本を読んでくれた…優しい思い出がたくさん詰まっている場所。
「あ......」
「気が付いたか?」
その郷愁を遮るように、直くんの顔が現れた。
「な...お...?」
「うん。」
直くんは僕の左手にそっと触れた。その手に少し痛みを覚え、視線を送ると、手の甲の先に管が見えた。そこで何が起きたのか全て察知した。
「どうだ気分は?」
「だいじょう...ぶ...」
「そっか。先生に連絡して来るよ。その前に何か飲むか?喉渇いてるだろ?」
「うん...ありがとう...」
直くんは僕を抱き起こすと、冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出し、開封して差し出した。ミネラルウォーターの冷たさがとても心地よく、一口、もう一口と口に含むと、僕の頭はクリアになっていった。
「なぁ?真...」
直くんがいつになく真剣な表情で僕の名を呼んだ。僕は直くんに視線を移した。
「ああ。飲んでて構わないよ。」
ひどく喉が渇いてる僕は、その言葉に遠慮することなく、顔だけ直くんに向けたまま、ミネラルウォーターを飲み続けた。
「真......俺達......結婚しよう。」
突然の直くんの告白に僕は驚き、ミネラルウォーターを盛大に吹き出した。直くんはそれを顔面で受け止めた。
「うわっ!きったねー!」
「ゴホゴホ...だって...ゴホゴホ...突然変なこと言うから...ゴホゴホ...タオルタオル...ゴホゴホ...」
「ああ、良いよ。このままで。」
直くんは着ていたTシャツを脱いで、それで顔や頭をガシガシと拭きはじめた。小中高と水泳部に属していた直くんの綺麗な上半身が露になった。男同士なのだから、気にする必要は全くないのだけれど、僕は昔から直くんの体を直視出来ない。
だって...まるで彫刻みたいなんだもの。
「ごっ...ごめん...」
「良いって。それより...さっきのことだけど...」
「うっ...うん...」
「俺...本気だから。」
今度は両手で僕の左手を包み込み、直くんは続けて言う。
「大学卒業して、就職して、ある程度稼げるようになったら...真、俺はお前と結婚したいと思ってる。それまで俺を信じて待っていて欲しい。俺はいつでも、どんなときでもお前だけを見ている。っーか、ガキの頃からお前しか眼中にねぇ。」
「えっ?」
「お前に対する俺の想いは、そんな軽いもんじゃねーんだ。もう十何年の年代物だ。そして、それはこれからもずっと続いてく。色褪せることなんてありえねぇ。だから、今後、俺が誰かの嫉妬や興味をかってしまって、今回の様なことが起きたとしても、周りがガタガタ騒いでるだけで、俺達には全く関係ねぇ。俺はお前だけを見ているし、お前だけを求め続けている。そのことだけは…何があっても忘れないで欲しい。」
「直くん...」
「お前はどうだ?真...」
「どうって……とっ…突然過ぎて...言葉に出来ないよ...」
「さすがの作家先生もそりゃ無理か...寝起きだもんな。じゃあ...俺の話、受け入れられる?られない?まるごとが無理だったら...何パーセントぐらいなら受け入れられる?」
「.........全部......」
「えっ?」
「......全部...受け入れられる......たっ...多分。」
僕の返事を聞いて、直くんは僕の手からミネラルウォーターを取り、それを口に含むと、それを口移しで僕に飲ませた。
ゴクン...
放心状態のままそれを飲み干すと、今度は唇が...直くんの唇で塞がれた。僕の口内で、直くんの舌が激しく僕の舌に絡みつく。僕はただ、頭の中が真っ白になっていくばかりだった。これが僕のファーストキス。こうして…僕のファーストキスは、点滴の管に繋がれたまま、ムードもなく、放心状態のままに終わった。
直くんが離れても、僕はまだ放心状態のまま、直くんを見つめていた。
「先生に連絡してくるよ……って……はぁ...そういう蕩けるような顔もたまんねーなぁ。コノヤロー。」
直くんは僕の額にキスをして出ていった。
その晩、僕は謎の発熱をし、再び家族に迷惑を掛けた。
ごめんね…みんな…
明日にはきっと…元気になるからね....
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