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優しい人 #2 side S

ひとしきりキーボードを叩き続け、そろそろ休憩でも入れようかと思案していた頃、部屋にノック音が響いた。それに応じると、扉が開き、俊介さんが僕に言う。 「あんまりこんつめるなよ、真。そろそろ休憩を入れたらどうだ?」 「うん。今そうしようかなって考えてたとこ。」 「夜も更けたし、ハーブティーでも淹れようかと思うんだが...こっちに運ぶか?」 「ううん。冬葉の寝顔も見たいし、ちょっとリフレッシュもしたいから、僕がそっちに行くよ。」 「分かった。向こうで待ってる。」 元々、著名なミュージシャンが所有していたという俊介さんの家は、ここで夜な夜なパーティーが行われたんだろうと想像出来るほど、リビングが広い。その一角に、ほんの少しだけ少し競り上がった場所があって、冬葉が来ると、二人はそこで寝ているのだという。その場所は、海野の祖父母の家を参考にリフォームして作られた小さい和室で、本人は和室が恋しくなったからと言っていたけれど、本当のところ、冬葉のために作ったのだと僕は思っている。なぜなら、以前、寝ぼけた冬葉が俊介さんのベッドから落ちて、怪我をしたことがあったから。和室を覗くと、冬葉はやっぱり信じられない寝相で眠っていた。 「どうやったらこんなんなるのかなぁ...足元に枕があるってことは、180度移動したってことでしょ?」 「だな。」 「僕もこんな風だった?小さい頃…」 「真は違ったな。」 「良かった...兄弟して迷惑掛けてたら肩身が狭いよ。」 「いや。これはこれで楽しみでもあるよ。普段、就寝中に蹴られるなんてことはまずないし、もう少し大きくなってしまったら、こうして一緒に寝ることもないだろうからな。」 ソファーに座る俊介さんは、彼らしくクールに微笑んで、持っていたロックグラスを回した。中の氷がカラリと涼しげな音を立てた。   「珍しいね。お酒...」 ふすまを閉めた僕は、ハーブティーが置かれた、俊介さんが座る場所から90度右にある一人掛けのソファーに腰を降ろした。 「ああ、少しだけ。最近、変な夢ばかり見て仕方がないんだ。だから、寝酒ってとこかな。」 「どんな夢?」 「......」 「あっ、ごめん...」 「いや。構わないよ。両親の夢を見るんだ...もう随分前に二人とも亡くなっているのに...何でだろうな...」 俊介さんは自分を嘲笑うかのように、少し鼻で笑ってみせた。さっきのクールな微笑みとは全く違う笑みに、僕は少し戸惑いを覚えた。

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