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神隠し①
「・・・ぅっ、ふぇぇっ・・・ひっく・・・」
真っ暗な境内に、幼子の泣き声が小さく響いている。
この状態がかれこれ小一時間。
端 から放っておくつもりだったのだが、どうにも気になって仕方がない。
「おい、何を泣いている」
「ひくっ!?・・・ふぇ?・・・だ、だれ・・・?」
「この社 の主 だ。夜分にこんな処 で何を泣いている。早く家に帰れ」
俺の「帰れ」という言葉に目を見開く幼子。
何だ、帰れぬ事情でもあるのか?
「おうち、出されちゃったの・・・。帰るとこ、ない・・・ふぇ・・・っ」
「・・・・・・・・・」
何も稲荷神社に子を捨てずともいいだろう。
もっと他になかったのか。
「家までの道は分かるのか?」
「・・・ゎ、わかんない・・・車できて、ぼく、ねむっちゃってた、から・・・」
「・・・・・・・・・」
困った。
話し掛けるべきではなかった。
黙っていれば気付かれる事もなかったろうに。
既に、幼子は完全に俺という存在を認識してしまっている。
「ぉ・・・おきつねさま・・・?」
「まあ、そのような者だ」
「・・・・・・しっぽ・・・」
さっきまでの涙はどこへやら。
俺の揺らす尾が気になるらしい。
今にも掴み掛かって来そうだ。
「俺の尾に触るなよ」
「ぅ?・・・ぅん・・・・・・」
・・・触るなよ?
だから、物欲しそうに見るなというに。
「お前、これからどうするつもりだ」
「こ、これから?・・・ゎかん、なぃ・・・・・・ぅ、ふぇぇ・・・っ」
ああ、また泣き始めた。
そもそも、この幼子が捨てられたのは何故だ。
容姿はとても可愛らしく申し分ない。
親が可愛がれない理由は何だ。
「おい、泣くな。お前、何故ここへ置いていかれたか理由はわかるか」
我ながら酷な質問だ。
「なんで・・・・・・ぇと、ぁ・・・あたらしいお父さんと、違う、から・・・?」
「血が繋がっていないのか」
「ぅん・・・ほんとの、お父さんじゃ、ないんだって・・・。それと・・・かみのけと、目の色が、へんだからって・・・。あたらしいお父さんは、ぼくのこと、やだって・・・・・・っ」
月明かりに照らされた幼子の大きな瞳は煌々とした灰色だった。
髪の色も、闇夜で良くはわからないが、瞳と同じ灰色の様だ。
「そうか。お前、名前はあるのか」
「・・・ぅん、灯 」
「灯、か。では灯、俺と一緒に来るか?」
「・・・・・・ぇ?」
灯は大きな目をぱちくりと瞬かせ、俺の言った言葉の意味を理解しようとしている。
ほんの気紛れで言ったのだが、それなりに責任は持つつもりだ。
・・・人間を飼うのは初めてだが。
「・・・おきつねさまと、いっしょにいて、いいの?」
「ああ。灯が来たいなら付いて来い」
「ぁ・・・つ、つれてって!ぼく、おきつねさまといっしょに行くっ!」
「そうか。・・・おいで、灯」
手を差し伸べると、灯は迷わず駆け寄って来た。
灯の小さな手を取り、境内の奥にある鳥居へと歩く。
この鳥居をくぐれば、灯は此方 へは帰れなくなる。
この幼子にその意味が解るだろうか。
「灯、俺と一緒に来れば、もう元の世界には帰れないぞ。いいのか」
「・・・だって、帰るとこ、なぃ。おきつねさまが、ぼくの帰るとこになってくれる?」
「ああ。お前が望むなら」
灯がぎゅっと俺の手を握ってくる。
そして、頬に残る涙を袖で拭い、にこりと笑った。
「じゃあもとの世界にもどれなくていい」
「・・・そうか。では行こう、灯」
「うんっ!」
人の世で幼子を独り拾った。
可愛らしく素直そうな子供を。
せいぜい甘やかして、俺好みに育てよう。
to be continued
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