10 / 15

神隠し①

「・・・ぅっ、ふぇぇっ・・・ひっく・・・」 真っ暗な境内に、幼子の泣き声が小さく響いている。 この状態がかれこれ小一時間。 (はな)から放っておくつもりだったのだが、どうにも気になって仕方がない。 「おい、何を泣いている」 「ひくっ!?・・・ふぇ?・・・だ、だれ・・・?」 「この(やしろ)(あるじ)だ。夜分にこんな(ところ)で何を泣いている。早く家に帰れ」 俺の「帰れ」という言葉に目を見開く幼子。 何だ、帰れぬ事情でもあるのか? 「おうち、出されちゃったの・・・。帰るとこ、ない・・・ふぇ・・・っ」 「・・・・・・・・・」 何も稲荷神社に子を捨てずともいいだろう。 もっと他になかったのか。 「家までの道は分かるのか?」 「・・・ゎ、わかんない・・・車できて、ぼく、ねむっちゃってた、から・・・」 「・・・・・・・・・」 困った。 話し掛けるべきではなかった。 黙っていれば気付かれる事もなかったろうに。 既に、幼子は完全に俺という存在を認識してしまっている。 「ぉ・・・おきつねさま・・・?」 「まあ、そのような者だ」 「・・・・・・しっぽ・・・」 さっきまでの涙はどこへやら。 俺の揺らす尾が気になるらしい。 今にも掴み掛かって来そうだ。 「俺の尾に触るなよ」 「ぅ?・・・ぅん・・・・・・」 ・・・触るなよ? だから、物欲しそうに見るなというに。 「お前、これからどうするつもりだ」 「こ、これから?・・・ゎかん、なぃ・・・・・・ぅ、ふぇぇ・・・っ」 ああ、また泣き始めた。 そもそも、この幼子が捨てられたのは何故だ。 容姿はとても可愛らしく申し分ない。 親が可愛がれない理由は何だ。 「おい、泣くな。お前、何故ここへ置いていかれたか理由はわかるか」 我ながら酷な質問だ。 「なんで・・・・・・ぇと、ぁ・・・あたらしいお父さんと、違う、から・・・?」 「血が繋がっていないのか」 「ぅん・・・ほんとの、お父さんじゃ、ないんだって・・・。それと・・・かみのけと、目の色が、へんだからって・・・。あたらしいお父さんは、ぼくのこと、やだって・・・・・・っ」 月明かりに照らされた幼子の大きな瞳は煌々とした灰色だった。 髪の色も、闇夜で良くはわからないが、瞳と同じ灰色の様だ。 「そうか。お前、名前はあるのか」 「・・・ぅん、(あかり)」 「灯、か。では灯、俺と一緒に来るか?」 「・・・・・・ぇ?」 灯は大きな目をぱちくりと瞬かせ、俺の言った言葉の意味を理解しようとしている。 ほんの気紛れで言ったのだが、それなりに責任は持つつもりだ。 ・・・人間を飼うのは初めてだが。 「・・・おきつねさまと、いっしょにいて、いいの?」 「ああ。灯が来たいなら付いて来い」 「ぁ・・・つ、つれてって!ぼく、おきつねさまといっしょに行くっ!」 「そうか。・・・おいで、灯」 手を差し伸べると、灯は迷わず駆け寄って来た。 灯の小さな手を取り、境内の奥にある鳥居へと歩く。 この鳥居をくぐれば、灯は此方(こちら)へは帰れなくなる。 この幼子にその意味が解るだろうか。 「灯、俺と一緒に来れば、もう元の世界には帰れないぞ。いいのか」 「・・・だって、帰るとこ、なぃ。おきつねさまが、ぼくの帰るとこになってくれる?」 「ああ。お前が望むなら」 灯がぎゅっと俺の手を握ってくる。 そして、頬に残る涙を袖で拭い、にこりと笑った。 「じゃあもとの世界にもどれなくていい」 「・・・そうか。では行こう、灯」 「うんっ!」 人の世で幼子を独り拾った。 可愛らしく素直そうな子供を。 せいぜい甘やかして、俺好みに育てよう。 to be continued

ともだちにシェアしよう!